青木悦著『黙婆』を読んで 
                                         
 年の暮れに友人から本が送られてきた。仕事も休みに入り気持ちの余裕があったので、レターパックの封を開けその本を手に取った。題名は『黙婆』と書いて「もくば」。様々な体験を経て知識を知恵にかえた年かさの女性のイメージが脳裏にスウッと浮かんできた。
 500ページ以上もあるこの本は、教育ジャーナリストで『子どものためにという前に』『孤独な、なかよし』など、子どもの立場に立った著作を数多く出版している青木悦さんの最初で最後の小説である。
 悦さんは東日本大震災の後、パートナーの坂本鉄平さんの故郷である福島市に移住し、鉄平さんの高齢の母と三人で暮らし始めた。6年前に肺炎にかかり命の危険にさらされた時、何か遺せるものをと思い病床で小説を書き始めた。パーキンソン病も発症し首から下はまったく動かせなくなり、寝返りをうつ、車椅子に乗れるようになるのが目標というリハビリを果たし、車椅子で退院したが、鉄平さんと友人の手を借りての生活を余儀なくされる。この作品は、そんな中での執筆作業だったそうだ。
 その上、コロナ禍の2020年頃、肝臓ガンの宣告を受けた。子どもの頃から父親からの虐待を受け、これまでがんばって生きてきたのに…とさすがに落ち込んだ悦さんだったが、祖父、両親、兄がガンだったこともあり、ガンを受け入れ諦観し、少しずつ原稿を書き溜めたという。やはりガンになり闘病生活を送りながら小説を書き続けたという三浦綾子さんのことが思い出された。『黙婆』も、まさに悦さんの生きた証の結晶のような作品なのだ。
 主人公、篠原民子のそれまでの何ということもない、日常の暮らしと同じように思える朝から話は始まる。民子はその朝、新雪の上に置かれたサザンカの花の絡まりのように見える何ものかを見つける。それはベビーキャリーの中で深紅の毛布にくるまれた小さな赤ん坊だった。思わず駆け寄った赤ん坊は民子の腕の中で、クルクルと目を動かせ、その瞳には真っ青な空と白い雲が映っていた。民子が笑いかけると赤ん坊はニッコリと微笑み返したのだった。どうしてその赤ん坊は朝早く民子の住む家の敷地の雪の上に置かれていたのか?謎が謎を呼び読者をひきつける導入に先へ先へと読み進み、ページを繰る手が止まらない。
 強権的な父親によって引き裂かれた若い夫婦、そのまた親同志も親の無理解、世間体や精神の病などで引き裂かれていた。赤ん坊を何とか助けたいと思う民子と民子の家族たちの善意が、次々に埋もれていた過去の人と人の縁を掘り起こしていく。極寒のころ咲くサザンカの花の精のように現われた赤ん坊の行く末に、私はいつのまにかすっかり心を奪われてしまった。
 昔の記憶を辿って赤ん坊の縁者探しに踏み出す民子の夫・秀志と、高校の野球部時代の後輩である地元の交番勤務のタケさんこと渡辺岳士。民子と秀志の息子・太一、秀志の母セイ、東京で勤めている太一の姉の紗絵が民子の家族だが、この家族はお互いを名前で呼び合っている。太一は中学から学校に行かなくなり、いわゆるひきこもりと言われる存在で、民子夫婦より先に福島に移住していた。この太一が福島に来てからDVDやCDを借りに町に出かけるようになる。東日本大震災のあった当日もDVDの返却期限日だからと町に出かけ、駅で地震の激しい揺れに貧血を起こし倒れた年配の女性、高宮あかりを助ける。この女性が、サザンカの花の精のような赤ん坊の謎を解く鍵のような存在だった。
 病床で書き上げられた作品は、世の中がこうであったら…という理想と希望の結集なのであった。本は2023年9月に出版の運びとなり、悦さんの仲間たちが予約の取りまとめをした。「子どもと一緒に死のうと思ったが、悦さんの言葉に救われた」という声が届いたという。
 悦さんは一昨年の2月22日天に召された。もう4半世紀も前のことだが、埼玉県新座市の女性学グループに縁を得たことで、私は悦さんの講演を2回ほど聞く機会に恵まれた。悦さんは彼岸に逝っても、本となって私の元へ来てくれた。人の縁の不思議さを思わずにはいられない。
 一人ひとりが自立した個人として尊重され、お互いを大切に思い合う家族の成員同士のその関係性が、家族を越えて地域や社会にまで拡大していく姿を描いてくれた。そこにはセイやあかりのような、黙って日々の暮らしを成り立たせている年配の女性たちの存在の大切さに注目した悦さんのまなざしがあり、お互いがお互いを思いやることができる関係性を諦めずに作ろうとすることに希望がある、そんなふうに思わせてくれた『黙婆』であった。

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◆書誌データ
書名 :『黙婆』
著者 :青木悦
頁数 :532頁
刊行日:2023/9/27
出版社:壱生舎
定価 :2000円(税込)