「ひのえうま」というスケープホース

 本書のタイトル通り、私は昭和41年(1966)、丙午の年に生まれました。
 ごく普通の昭和の子だったのですが、成長するにつれ、「丙午」というのはどうやら特殊な年で、「この年に生まれた女性は夫を食い殺す」といった迷信があることを知ります。そのせいで昭和41年に生まれた子供の数は前年比25パーセントも減少した、と聞けば、「私たちってレアな存在なのね」と、むしろ丙午を誇りに思うようにもなりました。

 が、しかし。本書において明治の丙午、その前の弘化の丙午‥‥と六十年ごとに巡ってくる丙午に生まれた女性たちの人生を探っていると、様々な悲劇が掘り起こされていきます。

 明治の丙午に生まれた女性たちは結婚難に苦しみ、自殺者も相次ぎます。明治の前、弘化の丙午に生まれたある女性は、評判の美女ながら生まれ年のせいで結婚できず、皆が嫌がる外国人の現地妻に。
 同年に生まれた皇女和宮は、将軍家茂に降嫁したことで知られますが、彼女は幼い頃に「歳替」(としかえ)という儀式をしています。丙午の前年に生まれた、と「歳」を「替」えたのです。

 60年ごとに繰り返される丙午女性の悲しい歴史を遡ると、寛文の丙午に生まれたとされる八百屋お七にたどり着きました。恋に積極的なあまり放火事件を起こし、死罪となったお七。彼女の姿が歌舞伎などで伝えられにつれ、丙午の迷信もまた、広まっていくことになります。

 丙午の悲劇の数々に接して感じたのは、丙午女性は、人柱のような存在だったということ。強い女性、積極的な女性、男性に従わない女性はひどい目にあうのだ、と世に知らしめるため、丙午の女性は300年にわたり、スケープゴートならぬスケープホースにされ続けました。

 令和の丙午において、その呪いは消滅することでしょう。しかし300年の丙午史は、この国に再び、同じようなことが起こるかもしれないという可能性を示しているようにも思います。


◆書誌データ
書名 :『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』 
著者 :酒井順子
頁数 :158頁
刊行日:2026/01/15
出版社:新潮社
定価 :1650円(税別)

ひのえうまに生まれて:300年の呪いを解く

著者:酒井 順子

新潮社( 2026/01/15 )