ご無沙汰しております。
お元気ですか。
オランダは日に日に暖かくなり、日照時間も伸びてきました。
大地からクロッカスが顔を出し、暗く長かった冬がようやく終わろうとしています。

今回は、2月に行われた日本の総選挙について感じたことを書きたいと思います。
この選挙では自民党が戦後最多の議席を獲得するほどの圧勝となりました。
高市首相への期待の表れなのかもしれません。
しかし結果を知ったとき、私は正直なところ驚きと落胆を覚えました。
私は在外投票をするため、ハーグの日本大使館へ足を運びました。突然の選挙で投票期間も短く、正直「なぜ今なのか」という疑問もありましたが、それでも今後の日本社会のために一票を投じたいという気持ちの方が強かったのです。
けれども、自民党圧勝という結果を知ったとき、胸の奥に重たいものが残りました。
そして、日本にいた頃ずっと感じていた孤独感を思い出したのです。

民主主義は多数決で動きます。だから結果は尊重しなければならない。
それでも結果が出るたびに、「落ち込んでいるヒマなどない」と自分にいいきかせつつ、「私の声はやはり政治に届かないのだ」と落胆するような感覚があります。
私が望んでいたのは、多様性を前提とした包摂的な社会でした。
弱い人が弱いままでも生きていける社会です。
しかしその価値観は、今回も多数にはならなかった。
それは制度というより、国民の多くの価値観と自分の価値観のズレなのだと思います。
日本で感じていた「空気に乗れない感覚」。
それこそが、私の孤独の正体だったのかもしれません。
高市首相は過去に生活保護について
「さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとする国民ばかりなら日本が滅びる」
という趣旨の発言をしています。
私はその言葉を聞いたとき、背筋が凍る思いがしました。
困っている人を疑う視線。弱者を自己責任で切り分ける語り口。
そうした言葉が政治の中心にあることに、不安を覚えたのです。
一方、私が暮らすオランダも決して理想郷ではありません。
貧困や差別、政治的対立もあります。
それでもこの国には、
・世界で初めて同性婚を合法化した歴史
・差別を禁じる法律
・権利として設計された社会保障
といった土台があります。
つまり、「違う人がいる前提」で社会が作られているのです。
私は日本でもオランダでも少数派です。
それでも、オランダでは日本にいた頃よりも呼吸がしやすい。
それは人々が特別に優しいからではなく、制度や社会の構造が個人を前提にしているからだと思います。
振り返ると、日本で感じていた孤独は
・政治に声が届かない感覚
・弱者を切り捨てる言説が力を持つ空気
・自分が守られている実感の薄さ
といった、社会の構造から生まれるものでした。
日本は安定した社会ですが、同質性が前提になりやすく、多数派の感覚が基準になります。
少数派は、どうしても適応する側に回りがちです。
今回の選挙を通して、私が長く感じていた孤独の正体が、ようやく言葉になりました。
オランダも決して完璧ではありません。それでも、日本にいた頃のあの孤独は、今はもう感じていません。
その理由に気づけたことを、今回の選挙は教えてくれた気がします。
みなさんは今回の選挙をどう感じましたか。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

少し機嫌が悪いクッキー
☆☆☆☆☆☆
Sami
1973年生まれ。Feminist、非典型所属者。
大事なもの:Freedom of Choice
座右の銘:実践あるのみ
猫と幸せに生きています。
自分の居心地のいい場所は自分で作ります。どうぞご一緒に。
☆☆☆☆☆










