2010.05.26 Wed
5月23日、京都精華大学国際マンガ研究センター 学術シンポジウム「マンガ×ミュージアム脱限界論-マンガ表現規制問題をめぐって」が、京都国際マンガミュージアムで開催されました。
マンガに対する新たな表現規制として論議を呼んでいる“東京都青少年の健全な育成に関する条例”改正案を手がかりに、マンガ研究や人文学、美術史学やジェンダー研究などの立場から論じ、マンガと社会の関わりについて、そこで大学やミュージアムが果たす役割について考えよう、というシンポジウムで、京都精華大学国際マンガ研究センターが3月15日に出された意見書と繋がっているものです。 改正案は、3月19日に「継続審議」が決定。6月の都議会に再提出されることになっています。
また、こうした動きに対応して、大阪府知事は「規制の必要があるかどうか見極めたい」として実態調査を指示。平成22年3月25日開催 部長会議の審議・報告の概要には「女性向けコミック誌の規制、ボーイズラブの規制検討」が明記されています。さらに、4月28日にはTL(ティーンズラブ)雑誌とBL雑誌、あわせて11誌が「青少年の性的感情を著しく刺激し、青少年の健全な成長を阻害する」として「有害図書」指定を受けました。
このような状況でのシンポジウムとあって、悪天候であったにも関わらず会場は満席。13時半~17時までの予定からさらに30分延長されるという熱気あふれるものでした。
まず、竹宮惠子氏(漫画家/京都精華大学マンガ学部教授)が、ご自身が「作品が規制にかかる当事者である」という認識であると述べられてスタート。作品が条文によって「青少年にとっての悪書」かどうかという“区分け”がされる時、「青少年にとっての」という部分が抜け落ちてしまい、「悪書」という扱いになってしまうことを懸念されていました。「悪書」というレッテル貼りは、商業誌だけでなく、現在のマンガを支える“同人誌”にも影響し、ひいてはマンガ製作への意欲を低下させることに繋がるのではないか、とも話されました。
斎藤光氏(近現代文化史・性科学史研究/京都精華大学人文学部教授)は、近代社会の「公的領域/私的領域の二分化」という視点で捉えると、性的な事柄は私的領域にあるものとして分類されてきたが、公的領域にも性的な事象はあり、それは、1) 性産業 2) カップル(男女が並んで歩くことがタブーであった時代もある) 3) 性表現 といえること。今回の改正案は公的領域にある3) 性表現 を規制=クリーンにしようとするもので、『ナチ・ドイツ清潔な帝国』にあるような“クリーンさを求める思想”を思わせる、といったことを述べられました。また、そうした道徳枠が私的領域にも持ちこまれる可能性があるとし、今回の改正案の問題点を1) 表現の自由への介入 2) 性ファンタジーへの介入・規制、思想の自由への侵入 3) プライベートな性を楽しむことへの介入 4)システムとして作ってしまうと限界まで取り込んでしまう働きがある、とあげられました。
レベッカ・ジェニスン氏(ジェンダー論/京都精華大学人文学部教授)は、表象のポリティクスという視点から論じられました。表象には、同性愛など、現実の社会で見えにくい存在とされているものを“創り変える”ことで表現できること。そして、それに対するものとして、アメリカの「Censorship Challenge」(「検閲すべきではないか?」という申し立てがなされる制度)をあげられました。アリス・ウォーカーの『カラーパープル』やモーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』『まよなかのだいどころ』、『ハリー・ポッター』シリーズ、『赤ずきん』、『しろいうさぎとくろいうさぎ』、キャサリン・パターソンの『ガラスの家族』、『Heather Has Two Mommies』といった作品が“チャレンジ”の対象となっており、これらの作品が、州によっては図書館で読めないような状況にあるということです(反「Censorship Challenge」の団体によって、「読む権利」のためのガイドラインが作成されているそうです)。
ジャクリーヌ・ベルント氏(美学・マンガ研究/京都精華大学マンガ学部教授・国際マンガ研究センター副センター長)は、「日本国がロリコン大国として海外から見られてはならない」という意見が規制推進派によく見られるが、それは反対派にも見受けられることを指摘(海外とはどこなのか? という問いが必要)されました。実際に日本のマンガの捉えられ方は変化していて、欧米のファンにとってのマンガの魅力として、1) 女性による女性向けの表現があること(BLは“少女マンガ”としてではなく“Shounen-ai”という別ジャンルとして位置づけられている。また移民といった社会的弱者に連帯やクリエイティビティを活かす機会をもたらしている)2) ティーンエイジャー向けの作品があり、セクシュアリティを含む思春期特有の悩みに対応したものとして、マンガが位置づけられていること(欧米では子ども向け/大人向けという二分化が主流)3) ジャンル横断的であること(ポルノ的な要素がいろいろな作品に含まれる。“ポルノ”と“Hentai”は別ジャンルと扱われている。ポルノは実在の人間、Hentaiは触手やロリコン、ショタコン、ふたなりなど性的ファンタジーを扱ったものという区別)4) 物語が面白いこと(ポルノは露骨で物語の面白さはない。Hentaiは物語の工夫、ユーモア、アクションといったものとの組み合わせがあり、アニメなどはサウンドトラックも魅力的であるからこそ女性や子どもからも支持を受けた)、と整理されたうえで、物語における性的シーンの役割という視点で“ポルノ”の定義を考える必要がある、と論じられました。
伊藤剛氏(マンガ評論家/東京工芸大学芸術学部マンガ学科准教授)は、荻上チキ氏のブログから、「現実の幼児に欲望を向けるペドフィリアと、オタク的欲望や萌えはまったく違うものだ」という言葉を引用され、行動は非難すべきだが、欲望は非難されるべきではないと明示。『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』で展開された「キャラ(=「人格・のようなもの」としての存在感を感じさせるもの)」論、「マンガのおばけ」論を用いながら、キャラ図像は現実の身体を参照している(現実を省略化している)と考えられているが、現実の身体ではない“何か”があるのではないか? ということを提起。マンガ(線画)には現実の身体を忘却させる働きがあるからこそ物語が成立する側面があることを、手塚治虫の『地底国の怪人』を例に説明されました。
続いての質疑応答では、藤本由香里氏からのコメントがあり、条文が曖昧であることの問題や、現在、子どもをめぐる状況が悪化しているわけではなく、さらに改善しよう(=クリーンにしよう)という動きであること。海外のピューリタン的価値観がそのまま持ちこまれようとしていること。悪書狩りの要素が条文にあることや、産経新聞のアンケートで9割が反対であったこと。また、児童ポルノ法に創作物が含まれる動きがあり、女性と青少年が自らの表現として選び取ってきた日本のマンガの歴史的経緯・特質を無視していること、などが説明されました。
会場からは、性暴力被害者が作品を見た時のショックという問題や、(WANを含め)フェミニズムは今回の改正案に対して動きがないという指摘、出版社・企業がどのようにこの問題と向き合っているのかという疑問など多岐にわたる質問が出ました。
印象的だったのは、竹宮惠子氏が「『風と木の詩』は当時、読者年齢が14歳がピークの雑誌に連載していたが、今、細かいゾーニングができるならG-12(Girl-12歳以上)にしたいと思う」と述べられ、その理由を、恋愛と連続性を持つ性の問題、レイプの問題などを伝えるのが、年齢層をあげてしまうと“間に合わない”からだ、と答えられていたことです。親や先生とは話しにくい問題をマンガが受け持つことができるというのは、私自身の経験としても大きく頷けるもので、少女から作品を奪うようなことは許されないのだ、と再認識しました。
全体をとおして、拡大解釈が行われる可能性への危惧、複数の視点による話し合いの必要性が、共通した問題意識として提示され、対案としてゾーニングの細分化(R-18だけでなく)や、「見たくない権利」に対するゾーニングの積極的活用といったことがあげられていました。
山口貴士弁護士からは、表現の自由は規制してしまうと元に戻せず、また、人の価値観は移ろうものであり、それを法で決めることの問題性が語られ、唯一の例外が実際の被害者がいる場合である、という説明も共通認識として持たれていると感じました。
この問題については、すでに多くのサイトやマスコミで取り上げられています。いち早く今回の動きに対して行動され、数多くの情報を発信されている藤本由香里さんによるまとめを、ご本人にご快諾いただきましたのでいくつか転載いたします。どうか、じっくりと読んでいただきたいと思います。
①【重要】都条例「非実在青少年」の規制について(2010年03月07日14:38)
②【意見書】記者会見で配った意見書(2010年03月17日14:03)
③【告知】都条例反対の請願署名のお願い(2010年05月21日01:22)
現在、③の改正案に対する署名運動が行われています(6月4日第一締切り)。賛同いただける方は、ぜひ、ご協力ください。 (堀 あきこ)
参考サイト
「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案に反対する請願署名」を行われている山口貴士弁護士のサイト
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2010/05/post-6e5c.html
東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト
http://mitb.bufsiz.jp/
京都精華大学ホームページ [報道発表]東京都青少年健全育成条例改正案に関する意見書について
http://info.kyoto-seika.ac.jp/info/info/2010/03/post-47.php
カテゴリー:ちょっとしたニュース