2011.09.23 Fri
昔、学生証の証明写真について複数の友人から、「コワい、ヤンキーみたい」と言われたことがある。白黒写真でもわかるくらい濃いメークで、細めの眉に目元が強調されており、「怖いお姐さん」風を醸し出している。あまりお近づきにはなりたくない人相だ。
80年代初頭、受験が終わると、あちこちで「メーク講習会」があり、それまでメークには無縁だった女子たちが、「クレオパトラ」(エリザベス・テーラー版ね)になって出てくるのを見ていた。高3からフェミであったわけでは全くないのだが、「卒業したらメークがあたりまえ」とか「メークは大人のマナー」とか言って、幼気な高校生からメーク道具一式を買わせる大手化粧品メーカーがうさん臭く思えたのだ。「その手には乗らん」。まあ、そんな気持ちである。でも、とりあえずメークはやってみたかったので、「一式買い」を執拗にセールスする店員さんを振り切って、紅いのや青いのや肌色のやらを、一点ずつ買った。それで、自己流を試みた結果が、冒頭の「怖いお姐さん」である。
だから言わんこっちゃないと、かづきれいこさんに叱られそうな愚行である。愚行のおかげか、私のメーク人生はとても短かった。その証明写真撮影後まもなく出会ったフェミ(「女性論」っていう科目名でした)の影響はある。フェミを学び始めてしばらくは、「ノーメーク」がフェミの体現のように思い込んでいたし、大多数が従うものに従わない自分への愛もあった。フェミとして「自己流メーク」を追求していく、という道もあったかもしれないが、私の場合、年を重ねるうち、ますますメークの必要性や楽しさを感じなくなっていった。いまや化粧品コーナーと至近距離になっても、セールスの声どころか、試供品さえオール・スルーされるようにまでなった。関心のない者に販売促進する必要はない。メーク業界との「よい関係」成立である。
ところが最近、ウン十年かけて築いた「よい関係」に不安がよぎる事態が展開されている。それは、メークによる被災者支援である。ネットニュースには、避難所に何十人分もの化粧品セットが届いた話や、モデルメークを手掛けるプロたちが被災者にメークを施した話が掲載されている。いずれのニュース・ソースも、この支援を全肯定している。被災者の喜びと感謝のコメントが引用されるだけでなく、ニュースを知った人々も、「心まで美しくなったんじゃないかな」とか「こういうのって女の子にとってはすごく大事なこと」などと称賛の声を送っている。
別にメークに限ったことではない。善意のニュースに、「でも私は要りません」という被災者の声が、もしあったとしても載りにくいし、被災者が善意のボランティアを無碍に拒むことは、「ありがたい」と口にすることが常識となっている日本社会では起こりにくい。だから私も、おそらく礼の言葉は口にするだろう、と思う。しかも、ボランティアはきっと無理強いはしない。メークを希望される方はいませんか?と言ってくれるに違いない。ただし、会話ができないくらい弱っていたり、認知症が出ていたりしたらどうしよう。そんなときのために、「すみませんが、そのときは失礼コクかもしれませんよ」(あら、ヤンキー言葉が出ちゃった)とは言っておきたいのだ。
脅しているのではない。逆だ。恐れているのである。相手は「喜んでくれる」と思ってメークに取り掛かる。いや、まだそれならいい。この種の支援にひんぱんに登場する「セラピーとしてのメーク」論が怖い!施しを受ける側に回らされたときの自分を思って、叫び出しそうになる。いわく「元気になる」「明るくなる」「かわいらしくなる」「気持ちがしゃんとして人に会おうという気になる」。勘弁してほしい。わかってほしい。私はメークでは元気になれないし、明るくなれない。メークでかわいらしくなりたいという欲望もない。なにより、毎日ノーメークだが人に会っているし、この顔をさらしまくって一日中、人前で仕事をしている。そういう人間が被災者になることだって、ね、あるでしょ?だから、無理やり(と、きっと認知症の私はそう受け止める)ファンデやチークを塗られそうになったら、その時には暴れるかもしれませんので、あらかじめご了承くださいませ、という、自己防衛の「おことわり」である。
どんな状況で被災者の立場に置かれるかはわからない。善意に対して、自分なりに理路整然と、なるだけ失礼のないよう、お断りできるか自信はない。だから万一の場合に備えて「すみませんが、ご辞退したいことリスト」を作成しておかねばと、このごろ真剣に考えている。もちろん、己の善意の検証も怠りなく実行してのはなしだけれど。
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