シネマラウンジ

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『すべては海になる』書店を舞台に交錯する、孤独な魂。海が象徴する、ひとつの結論とは。上野千鶴子

2011.10.20 Thu

 原作を読んだとき、設定のうまさに舌を巻いた。元援交少女の経験をした27歳の書店員、千野夏樹。そこに夫の横暴に耐えている万引き常習犯の主婦、より子。セクハラで辞職した元ドイツ語教師の夫との間に、はすっぱな中学生の娘と、いじめにあいつづける高校生の息子、光治がいる。

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 この映画も原作者が映画のメガホンをとった。よほど他の監督にわたしたくなかったのだろう。初監督だというが、山田あかねさんがもともと映像業界の出身と聞いて納得した。出演者に、いまが旬のサトエリこと佐藤江梨子と柳楽優弥をゲットしたのも功績。

この映画では書店の本棚がかくれた主人公だ。

「愛のわからない人へ」というテーマの選書をまかされた夏樹のこだわりの本棚から、より子は万引きする。どんな本を選ぶかでさえ、書店員と万引き犯とは言葉にならないコミュニケーションをする。この本棚の選本をしたのはブックディレクターとして注目を集めている幅允孝(はばよしたか)。わかる人にはわかる仕掛けに満ちていて、思わずニヤリとする。本好きにはこたえられないだろう。

貧しさが理由ではない万引き常習犯は、いつかばれて罰を受けることをひそかに望んでいる。罰したいのは、実は体面を重んじる夫だ。同じようにカネが目あてではない援助交際の少女たちは、自分を男のうす汚い欲望の対象にさしだすことを通じて、抑圧的な父親や欺瞞的な母親にひそかにリベンジしている。二世代の女の物語にしたことで、一挙に奥行きが生まれた。

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光治は崩壊家庭に耐え、学校では苛烈ないじめに耐えている。母の犯罪を告発することで家庭の欺瞞を暴こうとする光治は、夏樹にとって「気にかかる」存在になっていく。孤独な魂が孤独な魂をかぎつけたからだ。それは友情でもなく恋愛でもない。ふたりはそれにはふつりあいすぎるからだ。

ある日うちのめされた光治に、夏樹はセックスという安直な慰めを提供しようとする。これまで自分がそうしてきたように。そしてこれまで男たちが自分をそうして利用してきたように。

夏樹は愛よりセックスの敷居の低い世代の女だ。拒む理由は何もないように見える。だが、光治は…。

『すべては海になる』というタイトルは死をも生をも意味している。ふたりが死から引き返す生は、あいかわらずの希望のなさだ。セックスしたぐらいでつながってるなんて思えない世代が、セックスしてもしなくても、手をつながなくても、もっと大事なことがあると信じられるようになる…だろうか。

 

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監督:山田あかね

出演:佐藤江梨子、柳楽優弥、要潤、安藤サクラ、猫背椿、藤井美菜、森岡龍、

   吉川純広、吉高由里子、村上淳、渡辺真起子、白井晃、松重豊

配給:東京テアトル

初出: クロワッサンPremium 2010年3月号








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 女とアート

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