エッセイ

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「慰安婦」問題 その③: シンポ開催しました 岡野八代

2012.03.15 Thu

みなさんに紹介してきました「「慰安婦」問題解決にむけて」シンポジウムは、無事同志社大学にて3月10日に開催されました。

本シンポジウムは、主催者たちの研究テーマが「アーレントの「世界愛」が照射する東アジアの和解の条件」であったように、ヒトラー政権下のドイツをなんとか逃れ、難民となったユダヤ人女性である思想家ハンナ・アーレントの思想から、「慰安婦」問題解決のためになにかを学べないか、といった意図が込められていました。

そこでまず、主催者のお一人志水紀代子さんから、アーレントを引きながらのシンポジウムの意図が語られました。その言葉を紹介します。

「今回は、広い世界をあなたにお届けしたいのです。やっとのことで、本当に最近になって、わたしは世界を心より愛しはじめました。今ようやく、世界を愛することができるのです。感謝の気持ちから、今度の政治理論に関するわたしの作品を「世界への愛 Amor Mundi」と呼びたいと考えています[アーレントからヤスパースへの一九五五年八月六日付けの手紙)]。

この言葉についての、アーレント思想における意味づけは、私もかつて論文として発表したことがありますので、興味のある方はそちらをどうかご覧ください。こちらです→http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/00-6/okano.htm

アーレントは、ユダヤ人女性として、ユダヤ人である、というその事実において世界から抹殺されるかもしれない、といった全体主義の経験のなかで、かつて自分の存在を否定した世界とどう「和解」するのか、を模索した思想家でした。その意味で、わたしも「慰安婦」問題を考えるさいの「和解」の条件とは、まず、「慰安婦」にされた方が、再度この世界で生きていく希望を見出し得ること、そのために、世界を共有しているわたしたちがこの世界をどう変革していくかに関わっている、と考えています。

シンポでの各シンポジストの発言内容の要約は、19日から3回に分けて報告していく予定です。ただ一点、シンポジストの一人として今回、感じたことを短く記しておきます。

まず、「国民基金」事業について。朴さん、和田さんともに、「国民基金」事業が、「慰安婦」の方々の尊厳を回復するものでなかったことははっきりと認められたのだと思いました。しかし、和田さんが、個人賠償には関われなかったが、その他の社会福祉事業を含め、9割の事業費が政府から供出されていると強調され、一部の「慰安婦」の方々には「償い金」を手渡せたことは成果であった、と述べられたことは、より深い問題を示していたと思います。

「国民基金」が今なお発しているメッセージについては、基金のデジタル・アーカイブを見ていただければよく分かります。基金解散後も、日本政府はこんなに努力して、「慰安婦」問題の解決に尽力したと、「法的責任」はもはやない、と強調しながら、世界に向けて主張を続けているのです。

そして、日本のメディアも、そして民主党政府も、この事業が存在したために(しかし、繰り返しますが、この事業は「法的・政治的責任」は日本政府にはない、という前提で進められました)、この問題はすでに解決済みという態度を硬化させています。この問題については、会場からの意見にもあったように、和田春樹さんには是非とも、「国民基金」が果たせなかったこと、そして「国民基金」が残した禍根について、著作をもって発言してほしいと思います。

戸塚悦朗さんからの弁護士実務からみた和解の条件」、日本人がほとんど知らない国際法からみた「慰安婦」問題の解決法、

そして、鄭柚鎮さんから報告にあった、「慰安婦」にされた方の声を、自らの主張へと領有していくさいの政治性、朴裕河さんからの日本の左派運動の問題点の指摘など、本当に多くのことを考えさせられました。しかしわたしの胸をもっとも打ったのは、ご自身が経営されるお店をたたんでまで関釜裁判の支援を続けるなかで、ハルモニたちとの交流を育んでこられた花房さんからの報告でした。

韓国では、「国民基金」はハルモニたちの尊厳を再度傷つけるものとして、大いなる反対にあいました。しかしながら、苦しい生活を韓国社会で強いられるなかで、「国民基金」が提示する「償い金」を拒むことは、そして、ハルモニたち同士で、「償い金」は受け取らないと主張することは、彼女たち自身をもっとも傷つけたのでした。花房さんは報告のなかで、ハルモニのお一人が他の多くのハルモニたちに、「償い金」を受け取るな、と説得されていたエピソードを紹介してくれました。しかし、そのハルモニは、強い言葉で説得を続けたご自身が、他人に強い言葉を向けてしまったために罰を受けていると振り返っていらしたということです。

被害者であった方の尊厳が回復されるどころか、「国民基金」の存在は、こうして、多くの一人ひとりのハルモニたち、そして運動に関わった者たちに深い傷を未だ残し続けています。日本社会の政治的現状を考えれば、今また新しい取り組みを、この問題については始めないといけません。それと同時に、まさに同じ過ちを繰り返さないためにも、「国民基金」に対する反省をしっかりと言葉にしていく必要があるでしょう。

シンポジウムの詳しい様子は、3月19日から随時アップしていきますので、ご期待ください。

カテゴリー:シリーズ / 団体特集 / 慰安婦問題

タグ:慰安婦 / 岡野八代 / 戦時性暴力 / 軍隊性奴隷制