エッセイ

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互いが主張し歩み寄るスペイン社会 ―スペイン-エッセイ連載第2回     中村 設子

2013.06.07 Fri

「幸せ」に生きられる職場で自分を活かす

~ビジャレアルCF 女子チーム監督―佐伯夕利子さんを訪ねて 

スペイン・サッカー界での活躍

写真① (640x427)

開催中の大会でプレイする子どもたちを見つめる佐伯夕利子さん

  瞳の輝きと力強い眼差し…。昨年、私がサッカー専門の某テレビ番組で、佐伯夕利子さんを見た時の印象だ。このとき、佐伯夕利子さんがビジャレアルCF(Villarreal Club de Fútbol) 女子チーム監督であることをはじめて知った。自分の知識不足を暴露してしまい恥ずかしいのだが、私はスペインサッカーの大ファンだと自称しているにもかかわらず、佐伯さんの活躍を知らなかった。

 その番組のなかで放映されたインタビューは、ビジャレアルCFのサッカーコートをバックにして収録されていた。佐伯さんは眩しいほどのスペインの明るい陽射しに負けない存在感があった。インタビューアーの男性が番組の最後に、「今後、日本のサッカー界においても、これほどの逸材はもう現れないかもしれない」と付け加えたコメントがずっと心に残っていた。

 

小・中・高校生向けのサッカー大会「ビジャレアル・イエローカップ2013」が開催されていた(2013年3月29日)

小・中・高校生向けのサッカー大会「ビジャレアル・イエローカップ2013」が開催されていた(2013年3月29日)

 今年の3月から4月にかけてバルセロナに滞在していた私は、幸運にも佐伯さんにお話をうかがえる機会を得た。ビジャレアルはバレンシア州カステリョン県にある町で、人口は約5万人。スペインの東側、地中海の海岸から5キロの場所にある。州都のバレンシアからは60キロメートル離れた距離に位置している。私はバルセロナからRENFEと呼ばれるスペイン国有鉄道に乗り、4時間かけてこの町に着いた。

 日本人女性でありながら、スペインのサッカー界でここまでの地位に登りつめるには、実力はもちろんのこと、周囲に自分の力を認めさせてきた戦略のようなものがきっとあるはずだ。それを聞き出したい。母国を離れても女性が社会で認められ、力を発揮するためのノウハウを知りたいという想いを抱えながらやってきた。

 私事で恐縮だが、私自身、そうした戦略といえるものをほとんど持たずに生きてきた。いつも目の前にある仕事を片付けることだけで精一杯で、長期的なキャリアプランや人生設計を怠ってきたと痛感している。それは私の見通しの甘さなのだが、何とかなると思いながら、何ともならないまま行き詰まってしまうことが、ここ数年続いたことへの自責の念でもある。

 この美しい芝生で選手たちが日々、汗を流している

この美しい芝生で選手たちが日々、汗を流している

 約束していたビジャレアルCFの敷地に現れた佐伯さんは、テレビで見たときの印象と全く同じだった。このとき、誰に対してでも態度を変えない人であることが、私にはすぐわかった。ここぞとばかりに聞きたいことを携えた私に、佐伯さんには力みやありきたりの建前がない。

 「人との出会いに恵まれ、やってこられたんですよ。しかるべき人たちとの巡り合い、『ふってわいた話』ばかり。人との繋がりで、チャンスがやって来たんです」

 驚いたことに、サッカーの指導者として採用されるために、自分から売り込んだことはないのだという。

自分らしさを貫く

  ここで、佐伯さんのプロフィールをかいつまんで紹介したい。1973年に航空会社勤務のお父様の赴任地であるイランで生まれ、諸外国での生活を経て、日本大学鶴ヶ丘高等学校を卒業。その後、再びお父様の転勤に伴いスペイン・マドリードへ。スペイン女子リーグで選手として活躍した後、指導者育成のための学校で学び、スペインサッカー協会のナショナル・ライセンスを取得(日本でいうS級ライセンス)。

 2003年当時、スペインサッカー界では女性として初めて男子ナショナルリーグ「プエルタ・ボニータ」(スペイン3部リーグ=日本でJFLに相当)の監督に就任、指揮を揮う。2004年から2年間は「アトレティコ・マドリッド」女子チーム監督やスカウティングスタッフ・普及育成副部長等を務め、リーグ優勝に大きく貢献。

ビジャレアルCFは世界最高峰のプロサッカーリーグ
「リーガ・エスパニョーラ」の名門だ

 2007年、「バレンシアCF」と契約、トップチームの中枢を担う強化執行部のセクレタリーとして活躍し、スペイン国王杯優勝にも大きく貢献する。2008年、「ビジャレアルCF」と契約し、育成部に所属。トップチーム以下の全てのカテゴリーを育成強化し、将来のスペイン代表を育てる重要なポストを務めた後、2010年にビジャレアルCF女子チーム監督に就任した。2007年にはその実績を高く評価され、『ニューズウィーク日本版』で『世界が認めた日本人女性100人』にノミネートされている。

 どのプロの世界でも厳しい競争があることは当然だが、しかもここは異文化のスペイン社会である。そのなかで自分を生かすための知恵とは何だろうか。

   「自分を持つということが大切。自分が正しいと思うこと、信じていることをつらぬいていくことが大事ですね。そうすることで周囲から攻撃されることもあるけれど、すべての人に気に入られる必要はない。周囲の人、みんなに好かれようとは思わないし、敵がいて当然、はっきり言わないといけないことは言います。何も言わないで好かれようとは思わないですね」

 佐伯さんのスタンスは明確だ。チャンスが巡ってくるためには、人に認められなければならない。いくら重要な人物と出会えたとしても、相手に特別な何かを感じさせなければ、この人材を活用しようというところにまで関係性が発展しない。その仕事ぶりと実績が評価された結果であることに違いないが、信念を持ってやり遂げる人間であることをまず認めさせることが必要だ。

 そのためにきちんと自己主張する。相手が誰であろうとも、言い方、伝え方、術、方法を間違えないように正しく選んだ上で、伝えるべきことはきちんと伝えきる勇気と行動力が欠かせない。つまり別の側面から考えると、誰かの言いなりになる人物であってはならないともいえる。

理解を深めるための対話

 日本では、「立場をわきまえよ」という古くからある言葉に象徴されるように、権力の強さを軸としたタテ社会が根付いている。こちらが話をしようとする相手の立場が重視されるのだ。自分が意見を言っても許される人物であるかどうか、相手の社会的地位や組織での役職を常に考慮しなければならない。これは控えめで相手の立場や意見を尊重する日本人の美徳でもあるが、国際社会ではその美徳がかえって欠点となる場合もある。

 しかも、同等の立場にいる者同士だとしても、一度、意見のくい違いや揉め事が起こると、互いの関係性の修復はほぼ不可能に近い。このあたりがスペイン社会とは決定的に異なる点でもある。佐伯さんはさらに語る。

 「スペイン社会では、ケンカをすれば終わりではないんです。ケンカもすれば、仲直りもする。スペイン人はディスカッションが上手く、口ゲンカをするけれど、仲直りも上手。うまく互いが歩み寄れる社会なんです。日本のように、『はい』と言わされる社会とは違う。スペインでは子どもでも、おとなから何か言われると、黙ってはいない。何か言い返してくる。『言える文化』がある」

 つまり、「意見を言う=良いことである」と認識されるのだ。もちろん、すべての意見が通り、尊重されるわけではない。ときに自分の意見が徹底的に否定されることもあるだろう。しかし、そうしたことをものともしない強靭さとしたたかさ、さらにときには日本人から見れば無神経とも見られかねないずぶとささえ、この社会では要求されるのだ。

 佐伯さんの眼差しの強さは、こうした社会で生き抜いてきた証でもあるのだろう。確かに、日本社会でこれをやればつまはじきにされかねない。「女のくせに‥」という古い考え方の男性もまだまだ多い。しかし、もっと風通しのよい社会にするためには、誰かの言いなりになるのではなく、自分の考えを主張し合える社会であることが大切ではないかと私も思ってきた。

  「スペイン人の会話は日本人から見れば、無駄が多いでしょ。でも『言葉で説明してなんぼ』の世界。無駄話も大切なんですよ。そのことによって互いをより深く理解するんです」

 確かに、同じことを繰り返し何度も言うスペイン人に対して、時折、私は閉口してしまうことがよくある。「あれ? さっき言ったことをもう忘れてしまったの…」と言いたいぐらいだ。だが、彼らは忘れてしまったわけではなく、何度も話すことで、互いの距離を縮めているのだという佐伯さんの意見は新鮮であった。

 国民性の違いといってしまえばそれまでだが、これは結構使える知恵でもある。私たちは効率を優先し、無駄を省き、成果を出すことに躍起になる社会に生きている。一生懸命であればあるほど、余計な会話など入る余地がなくなるのだ。

 日本人の無駄のないまじめさ、勤勉さは素晴らしい。こうした人間としての素晴らしい資質をベースにしながら、対話力を向上させていけば、世界のなかで孤立してしまうのを避けられるはずだと、日頃、薄々感じていることをあらためて思った。

 そうはいいながらも、佐伯さんの立場を考えると、これだけ主張の強いスペイン人を指導し、チームとして束ねていくには相当な力量が要求されるはずだ。プロスポーツの世界は当然ながら結果も求められる。だが、ビジャレアルCFはどのようなサッカーが自分たちの求めるプレイスタイルであるのか、どんな選手を育てたいのかがはっきりしている点が仕事のやりやすさにつながっているのだという。

 型にはめない指導が才能を育む

街中にある案内図。大きく「ビジャレアル市役所」と書かれている

街中にある案内図。大きく「ビジャレアル市役所」と書かれている

  「指導者から言われた通り、その指示に従ってやるのではなく、自分はこう思うと言える選手が素晴らしい。聞き分けの良い選手がいいのではない。指導者の発言に対して、なぜそうなのかを訊ねてくる選手、自分の意見を言える選手こそ優れているんですよ」

 私はその言葉を聞いていて、日本でいま問題となっている、教師や指導者による子どもたちへの体罰のことが思い浮かんだ。優秀な指導者である佐伯さんなら、日本社会が抱えたこの深刻な問題をどう考えるのだろうか。

  「日本を変えるためには大人が意識を変えないといけないですね。黙って言うことを聞かせる大人では、子どもを豊かな人間には育てられない。型にはめられて育った人間は、子どもをまた型にはめて育ててしまう。そんなことをしていると体罰がいつまでたってもなくならない。だから大人が変わらないと社会は変わらない、変えられないんですよ」

 日本に明るい将来を築けるかどうか、私たち大人の責任は大きい。サッカーというスポーツの世界の枠を超えて、佐伯さんの発言のなかには、社会を変えるためのキーワードがたくさんあった。

 ご厚意でつくっていただいた限られた時間のなかで、欲張りな私は女性の生き方から日本社会の問題にいたるまで、ここぞとばかりに佐伯さんの意見を聞きたいという気持ちから、話があちこちに飛んでしまった。そんななかで、

 「自分が幸せでいられるかどうかが、職場を選ぶときの判断基準」であると聞いた時、私は思わず大きくうなずいた。全くの同感であった。私自身、自分の居場所の選択に失敗した末、直後に大病を患った苦い経験があったからだ。

 「幸せでなければ、人にもやさしくできないですからね…」

 2012年からは、ビジャレアルCFが抱えるレディース全5チームの女子部統括責任者に就任した佐伯さんは、他チームの指導者を教育する重職もこなしている。それもまた、自分を信じ挑み続けた結果、佐伯さんが手にした天職であるような気がする。

 「私の職場はサッカーが息吹くパラダイス」と公式ブログでも書いておられるように(http://blog.jplayers.jp/yuriko/)、全身からあふれ出ている精彩は、やりがいのある仕事が幸福感と直結していることを感じさせた。

 サッカー界に限らず、日本をより良く変えていくためには、佐伯さんのように国際社会のなかで、日本人の特質を活かしながら可能性を拡げ、その能力を伸ばしてきた女性の力は絶対に必要だろう。

人との繋がりのなかで自分をどのように活かしきるか、パラダイスを何処に見出すのか…バルセロナに戻る列車のなかで、この貴重な時間に感謝しながら、私は自分自身のこれからを考え続けた。

(次回はスペイン人の時間の使い方や考え方について、書かせていただく予定です)

カテゴリー:スペインエッセイ

タグ:くらし・生活 / スペイン / 中村設子