2013.06.12 Wed
年末年始の休みにDVDを何本も見た。一週間経ったら、残っていたのはこれだった。コリオレイナス。古代ローマに舞台を借りたシェークスピア最後の悲劇。作り話だとわかっているのに、寓話の力が迫る。
『イングリッシュ・ペイシェント』でジュリエット・ビノシュ演じる看護婦に看病される色男を演じたレイフ・ファインズが初監督で主演。美貌の人妻とフリンして飛行機事故で恋人を失い生き残った「イギリス人の患者」がファインズだった。火傷だらけでも元色男は色男。繊細な色気と端正な美貌で『愛を読むひと』にも主演した彼が、今度は勇猛でいささか短慮な軍人コリオレイナスを演じる。
舞台は古代ローマ。その彼らが近代戦の兵器と軍服に身を固め、飛び交う会話は中世英語。うそくささをここまで強調しながら、時空を超えた寓話のリアリティに圧倒される。不況と格差に不満を募らせる市民たち。だが市民の暴動を抑え、隣国からの侵略を防衛するのは市民の用心棒である軍人だ。凱旋してきたコリオレイナスを、市民は投票で権力者に祭りあげようとする。民主政治は人気投票で軍事独裁さえ可能にする制度だ。反対派の扇動で、市民は掌を返したように彼に敵対し、結局追放する。このあたりの風向きの変わり方の早さも思い当たる。いつでもどこでも同じことが起きても不思議はない。名誉をずたずたに傷つけられたコリオレイナスは敵に寝返り、宿敵と同盟して母国に復讐しようとする。ローマと母とを滅ぼさないでくれ、と懇願する母に屈して単独で講和を結び、それが原因で今度は裏切り者として宿敵に殺される。この母をヴァネッサ・レッドグレイヴが演じている。息子を戦地に送り、名誉を何より重んじた母が、息子よりエゴを優先する。この大芝居は、演技力のある舞台女優にしか勤まらない。オスカー女優のレッドグレイヴはうってつけ。
重厚な舞台劇を見た気分なのに、目に映る戦闘シーンはイラク戦争の現場かと見まがうリアリズム。民主政治とはいえ、平和を守るのは軍事力。人気投票で独裁者が誕生することもあるが、ポピュリズムの風向きは扇動ですぐに変わる。共通の敵さえあれば、昨日の敵は今日の友。「靖国の母」は息子を戦地に送るが、それは息子をマザコンにしたてたうえだ。「母のため」に闘い、「母のため」に平和を乞う。国家と家族、戦争と平和、軍人と市民…積み上げたエピソードの数々は「あるある」感を誘う。人間は大昔からちっとも進化していないのか、とこわくなる。寓話の力とはこういうものだ。
クロワッサンプレミアム 2012年4月号 マガジンハウス社
カテゴリー:新作映画評・エッセイ