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『王になった男』イ・ビョンホンが見せる!朝鮮王朝の史実に基づく、影武者物語。 上野千鶴子

2013.07.10 Wed

main2影武者ものには、ストーリー展開のおもしろさに加えて、ひとりの役者が違う持ち味の二役を、どう演じ分けるかを鑑賞する娯しみがある。しかもふつうはその二役には王子と乞食、ジキルとハイドのような極端な落差がある。この作品では朝鮮王朝の国王と、その王にうり二つだったばかりに影武者に雇われる妓生宿の道化師の二役。演じるのは韓流スター随一の人気者で演技派のイ・ビョンホン。時代は17世紀、豊臣秀吉による朝鮮侵略の直後、李氏王朝の15代光海君の治世。酷薄で非道、誰も信じることのできない君主と、野卑で善良、弱い者いじめが許せない太鼓持ちを、ひとりの俳優が演じ分ける。

 最高権力者は孤独だ。宮廷は暗殺の危険に満ちている。イ・ビョンホンは国王役でニヒルな権力者の顔を見せたと思ったら、とつぜん偽王として無防備なくらい庶民的でナイーブな笑顔をほころばせる。その落差がみごと。これが時代劇初出演だという彼のファンには、見逃せないだろう。脇役を芸達者な俳優陣が固めている。韓国では昨年度の興行成績No.1を達成、香港のアジア映画祭でビョンホンはスター・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

 韓流の時代劇は権力のドラマに人情がからむ。陰謀渦巻く宮廷で、逆臣あり、忠臣あり、政争に巻きこまれる王妃あり、薄幸の毒味役の少女あり。それにしても権力とは、人の命を虫けらのように扱うものだ。

 時代考証された宮廷の儀礼や食生活が興味深い。朝鮮王宮には厠がなかったなんて!

 にわか仕立ての王の影武者は、キング・メーカーの教育係の薫陶を受けて、しだいに成長していく。側近達も「王様は最近よく笑うようになられた」と変化を歓迎する。やがて彼はシナリオにない言動を始める。民衆に仕える「真の王」になるために。ニセの王が、ホンモノの王よりももっと王らしくなっていく過程が圧巻。だがニセモノとホンモノはどちらかが消えなければならない運命のもとにある。

 史実に基づいているがフィクション。実際の光海君は評判の悪い暴君だったらしい。クーデターで王位を追われ、済州島に配流される。失意のうちに18年生きて世を去ったという。

 影武者ものといえばたいがい陰惨な結末になりがちだが、この映画には希望がある。日本人にとって『水戸黄門』や『遠山の金さん』が、現実にはない勧善懲悪を実現してくれるように、韓流の時代劇も、最後に正義の遂行に希望をつなぐ庶民の夢を叶えてくれるのだろう。それが現実にはないことを知っているからこそ。

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初出掲載 クロワッサンプレミアム 2013年3月号 マガジンハウス社

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / 韓流 / 女とアート