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いろんな人が生きている  田丸理砂

2009.12.10 Thu

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<p> ドイツに留学してからもう10年以上も経つ。日本に戻ってくるときには、空港で同居人たちと大泣きして別れてきた。次にいつ会えるかわからなかったから、なんとなく永遠の別離のような気がしたのだ。結局、その後毎年のように当時の友人たちを訪ねているので、あの涙の別れはなんだったの?と思わないでもないが、年月を経てわたしたちも少しずつ年を重ね、いろいろなことを語り合ううちに、彼女たちはわたしにとって大切な身近な存在になっている。<br class="clearall" /><!–more–> <br />  ところで孤独な留学生活を支えてくれた友人たちに共通していたのは、人を招くことが好きだったこと、料理が好きだったこと、知らない食べ物や飲み物に挑戦するのを楽しんでくれたことだ。留学生仲間もよくわたしの下宿先(同居人のひとりの持ち家)を訪れては、同居人たち(社会教育に携わるレスビアンのペア)と一緒に食事をし、語り合った。そもそもわたしが同居人のふたりと親しくなったのは、ある催しで知り合った際に「なかなか友だちができない」と嘆く渡独したばかりのわたしを、彼女たちが自宅にお茶に招いてくれたことがきっかけだった。考えてみると、「…を訪ねる」というとき、ビジネスの場合を除いて、多くの場合、食べること、飲むことと結びつくような気がする。わたしにエッセイのバトンを渡してくれた鈴木さんの「二人が料理を通して徐々に心を通わせていくのが印象的」という件を読んで、料理したものを食べる食事の場は、いろんな人が出会う場でもあるのではないかと思った。</p>
<p> もちろん「食べる」ことはわたしたちが生きるために必要なことなので、日常的な食事もあれば、会食もある。大きなパーティではなくても、誰かに招かれると、今まで出会ったことのないようなタイプや職種の人と知り合うこともある。</p>
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<p> 藤野千夜の小説『主婦と恋愛』の主人公の専業主婦のチエミは、ひとりで出掛けた元同僚の白川さん宅でのパーティで彼女が普段遭遇することのないような人たちと同席する。そこで知り合った近所に住んでいるちょっとイケメンでずうずうしいカメラマンのサカマキさんに、チエミはなんとなく惹かれていく。日韓サッカー・ワールドカップの会期中、いわば期間限定で、チエミ、彼女の夫のさえない高校教師、サカマキさん、ワカナちゃん(チエミ夫妻が札幌のサッカー観戦で知り合ったOL)は一緒に食事をしたり、飲んだり、サッカーを観戦したりと濃密な時間を過ごす。ワールドカップが終わると、しだいにその関係もフェード・アウトしていくのだけれども。物語はふたたび白川家での不思議な食事会で終わる。地味なチエミの夫も一緒である。</p>
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<p> ところで藤野千夜の小説にはいろいろな人が登場する。芥川賞受賞作『夏の約束』では、ゲイのカップル(サラリーマンと編集者)、売れない小説家(女)、会社員(女)、トランスセクシュアルなたま代が夏に一緒にキャンプに行く約束をする。『ベジタブルハイツ物語』は部屋に野菜の名前(A号室:アボカド、B号室:ブロッコリー、C号室:キャロット、D号室:(なぜか)ダイコン)のついたアパートの大家とその住人をめぐる物語である。食事会ではないが、多くの人にとって人生の過渡的な居場所であるワンルームのアパートも多種多様な人々が集まる場である。大家の娘がへんてこな部屋名を付けたアパートには、大学に行かなくなった女子学生や、シングルマザーとその娘、平凡な毎日を幸せに生きる30台半ばの独身サラリーマン、法律事務所で働く妻とシナリオライターを目指す夫、大家の娘に憧れるさえない友人と年がら年中つるんでいる男子学生、恋人の美容師が実は妻子持ちだと知ってショックを受ける出版社勤めの女性らが住んでいる。彼らの生活と大家の山本家の高校生の娘さやかと浪人生の息子タカシの物語が交互に語られる。ちなみに彼ら/彼女らが一堂に会することはない。けれど読者であるわたしたちは彼ら/彼女らの心の動きを垣間見ることができる。</p>
<p> 『主婦と恋愛』は不倫の話ではない。サッカー・ワールドカップという非日常になんとなくほんの少し、いつもとは違ったことに憧れるチエミ。『ベジタブルハイツ物語』の2階のブロッコリーに住む竹野明彦の幸せはとてもスケールが小さい。かつてのクラスメイトたちで立ち上げたサイトに書き込み、みんなの書き込みを読むだけで、なんだかいいことばかり起きていると思えるのだから。</p>
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<p> また短編集『彼女の部屋』に語られる小さな事件による心の揺らぎは文庫の帯にあるように、「ささやかなハプニング」によってひきおこされた「心のざわめき」という言葉にふさわしい。タイトルになっている『彼女の部屋』では、主人公の恭子がとくに親しいわけでもない北原さんの家に招かれる。恭子とはすっかり親友気分の北原さんのとんちんかんぶりに、恭子はイライラする様子が描かれている。</p>
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<p> 藤野千夜の小説ではあまり劇的なことは起きない(もちろん例外はあるけど。『ルート225』の主人公の中学生のきょうだいは現実世界のパラレルワールドから抜け出せなくなるのだから)。あんまり意地悪な人も登場しない。仕事や学校の様子が詳しく書かれることもない。平々凡々な人も、ちょっといい加減な人も、世間の規範からずれた人も、中学生も、おとなも同じ重さで描かれている。『少年と少女のポルカ』の「ホモ」を自覚する高校生のトシヒコは同じ高校の少年に恋している。同級生のヤマダは、間違って男の身体に生まれたと思ってスカートで男子校に通う。トシヒコの幼なじみのミカコは電車が怖くて学校に行けず、近所を自転車でぐるぐる走っている。彼ら/彼女らは他人との出会いのなかで、ささいなことで幸せになったり、心が波立ったりする。そうした彼ら/彼女らを見つめる作者の眼差しは優しい。</p>
<p> この10数年の間に、留学時代わたしと同じ階に住んでいた友人の母親は亡くなり、わたしにとって大切なふたりは今では一緒には住んでいないけれど、互いに行き来はあり、バカンスへは一緒に出掛けているようだ。わたしが彼女たちを訪ねると、大家族を目指す一方の友人は、一軒家に彼女の息子家族(夫婦と4歳の娘)と彼女の女友だちと80歳を超えた昔看護師をしていたという(血縁関係はない)女性と住んでいた。彼女を訪ねるたび、大家族を目指していないもうひとりの友人とわたしも加わり、大きなテーブルを囲む。世の中にはいろんな人がいていろんな生き方があるのだ。</p>
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<p><a href="http://wan.or.jp/book/?p=187" target="_blank">次回「料理を通じたセクシュアルな関係とは?」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから</a></p>







カテゴリー:リレー・エッセイ