女性学講座 エッセイ

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読まなければ存在しない世界をどう論ずるか? 第11巻『フェミニズム文学批評』  田丸理砂

2010.09.28 Tue

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第11巻の編者、斎藤美奈子によれば「フェミニズム批評」(*斎藤にならって「フェミニズム文学批評」を「フェミニズム批評」と表記)とは、「歴史的概念」だという。1980年代半ば頃に登場しはじめたフェミニズム批評は、80年代後半から90年代前半にかけて非常に流行った概念ではあるが、現在ではことさら「フェミニズム批評」と呼ぶ必要がないほど、文学研究や文学批評においてジェンダーという要素は無視できないものになっているというのである。

本書ではまず1970年代後半に書かれた駒尺喜美の漱石論「エロスの渇望」、高良留美子の「女性詩人について」がフェミニズム批評の先駆的仕事として紹介されている。駒尺は、エロスの不在が男と女の関係構造の歪みに由来していることに気づいていた漱石は、『行人』においてエロスの回復の可能性を追求したのだと指摘する。また高良は70年代に活発化してきた女性解放運動を文化運動ととらえ、日本の女性詩人たちに文化構造の変革への参加を呼び掛けている。

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1980年代中頃から90年代前半の「フェミニズム批評バブル期」を牽引したのは水田宗子、富岡多恵子、三枝和子である。富岡は「死語となる言葉」として吉本隆明の文章を例に「女流」という語の使い方を考察し、三枝は日本の文豪と言われる男性作家たちの「恋愛小説」を女性の立場から読み直しを試みている(「『恋愛の発見』と〈生血〉」)。水田は、近代日本文学の代表的なジャンルである「私小説」が女にこだわる男の物語であるのは、男が「私」領域(「内面」)を映す鏡として「女」を必要としたからであり、他方女性作家の作品では女は男から離れることによって内面を発見したのだと看破している(「女への逃走と女からの逃走」)。そして当時もっともインパクトを与えたフェミニズム批評、富岡多恵子、上野千鶴子、小倉千加子ら三者による鼎談形式を取る『男流文学論』については、「本書の価値は、日本の現代小説にあらわれた日本の男の性意識を〈普通の読者レベル〉で問題にした点である」と、斎藤美奈子みずからがその文庫版に記した解説を取りあげている。

『日本のフェミニズム』と銘打ったシリーズということもあり、個々の作品論、作家論としては日本の近現代文学の作家、作品を扱ったものが収録されている。初期の代表的な著作として黒澤亜里子による高村光太郎論『女の首』関礼子『姉の力 樋口一葉』が紹介されている。これらの作家論では作家の実人生からもう一度、これまでのその評価が問いただされている。

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やがてフェミニズム批評が浸透してくるとさまざまなアプローチの仕方が可能になってくる。女の職業という観点からの林芙美子の『放浪記』の分析(金井景子「販女の手記」 )、住まうところの「家」から島崎藤村や佐多稲子らの小説をとらえた西川祐子「借家の文学史」、あるいは円地文子や津島佑子の作品にみられる、女性の生命感の根源としての「山姥(メデューサ)」というイメージを考察した小林富久子の「山姥は笑っている」、吉屋信子が少女小説あるいは大衆作家と不当に評価されてきた一例として著名な文芸評論家であった小林秀雄による嫌悪感むき出しの吉屋信子評に対する批判(田辺聖子『ゆめはるか吉屋信子』 より)、また同時代を生きた者という立ち位置から干刈あがたの作品に迫った江刺昭子「干刈あがたの〈カクメイ〉とは?」が紹介されている。

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本書の最後には近現代の小説以外の少女マンガ、児童文学、歌謡曲、古典文学(『源氏物語』)、短歌などを「広義の文学」ととらえ、そのなかに男女の生き方に関する物語やメッセージを批判的に読み解く試みとして、藤本由香里による少女マンガに描かれた恋愛の分析「女と恋愛――少女マンガのラブ・イリュージョン」、児童文学における少女の性に注目した横川寿美子の「初潮という切り札」 、歌謡曲の母ものの歌詞から母像の変容を見る栗原葉子の「歌の中の母親像」、源氏物語のラストを現代社会における女性のあり方に結びつけて考える大塚ひかりの「源氏物語の幸福感」、そしてみずからもそれに与する女性による短歌の分析、阿木津英「女歌と女歌論議の時代――70年代から80年代前半まで」が収録されている。これはフェミニズム批評を概観した冒頭で、編者が「フェミニズム批評」を歴史的概念となりつつあるとしたうえで、それに代わる新しい概念として「ジェンダー・リテラシー」という用語を取りあげていることと関係している。「リテラシー」という語によって一般読者がジェンダーに敏感な読み方を身に着けることが「読むこと」と「生きること」をつなげることになり、そしてそのうえでなぜそれがジェンダー的に問題なのかを考えることがジェンダー批評だというのである。

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そしてこの分野で現在もっとも活躍しているのは文芸評論『妊娠小説』 で一躍脚光を浴び、『紅一点論』ではアニメや子どものための伝記においてジェンダー・リテラシーを存分に実践し、『物は言いよう』 などで数々のセクハラ発言などを取りあげ分析している本巻の編者、斎藤美奈子自身だろう。

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「フェミニズム批評バブル期」とちょうど大学/大学院時代が重なるわたしは、その影響をもろに受けている。本巻で英米文学に依拠し日本語で書かれた初のフェミニズム批評の理論書とタイトルが紹介されている織田元子の『フェミニズム批評』 を当時必死になって読んだのを覚えている。斎藤美奈子が『男流文学論』の新聞広告を見るや、開店と同時に書店に飛び込み、購入したというエピソードはわたしの体験とも重なる。これら80年代後半から90年代前半に次々と刊行されたフェミニズム批評によって、わたしのように大学という文学研究の場で違和感を覚え、居心地の悪さを感じていた者は、とても勇気づけられたはずだ。ここにはいないけれど日本のどこかに思いを共有し、文学にアプローチをしている人たちがいるのだ、ということを感じさせてくれたから。それくらい「フェミニズム批評バブル期」とはいえ、文学研究の場で、それが話題になることはほとんどなかった。

ところで本巻で取りあげられているフェミニズム批評の論者のなかで当時わたしがもっとも刺激を受けたのは富岡多恵子である。文学研究における対象のみならず、その論じ方に抵抗感のあったわたしには、富岡の日常的なものから抽象化する手法がとても魅力的に見えたし、新鮮だった。ようするに自分の頭で考えている感じがしたのだ。こうした富岡の評論の特徴は中山和子の『平野謙論』の批評「女の表現」にみられる以下のような記述にも通じている。

女の思想が表現されても思想として伝わりにくいのは、ナルシシズムのためではなく、人間の日常から表現が遊離して行われないからである。出口ナオの思想が最初ひとに伝わらなかったのは、出生した地方語、しかもその日常語のみによって語られたからであった。(富岡多恵子『表現の風景』 講談社文芸文庫117頁)

しかし今回改めて富岡の評論を読み返してみて、わたしがそれに惹きつけられたのにはべつの理由もあったことに思い至った。本巻の編者、斎藤美奈子は、自身による冒頭の導入部分の註で「当時、私が一読者として漠然と感じていたのは〈フェミニズム批評とはなんとつまらぬものだろう〉ということだった。お勉強好きの元文学少女がクソマジメに何かを論じている感じ(ごめん)、というのが嘘偽らざる感想だった」と述べているが、編者がそう感じたフェミニズム批評と富岡多恵子のそれとのちがいは、その文学観にあるのではないか。たとえば先の「女の表現」のなかで富岡多恵子は「社会主義者」九津見房子の変節ぶりについて次のように言っている。

九津見房子が、戦後刑務所から出てきて、かつては同志であり、その時の考えを変えて物質的に裕福な生活をしている男のところに暮らして「ざあます婦人」になっていたとしても、文学はそれを不思議としない。いかなるイデオロギーによる国家であっても、国家の維持は99人を救うためには一人を見殺しにすることはあるだろうが、文学はその一人を問題にする点で、アナーキーなのだから当然である。だからまた、九津見房子が、非転向の共産主義者でありながら、「ざあます婦人」であったとしても、それを不思議としないのである。こういった意味でも、文学は性によるステレオタイプを、もっとも敏感に嫌うはずである。その表現化は文学の政治性といえるのであろう。(同上書、120頁)

富岡は文学の特性をアナーキーさに見る。それは生真面目な部分も遊びの部分もなんでもありということであり、論理の一貫性が求められる社会科学の言説とは異なり、文学では表現すること自体、つまり表現という意志、あるいは快楽のようなものが「政治性」をもつのであり、富岡の関心も常に「表現という意志」に向けられている。そこにこそ富岡の評論のおもしろさがある。これは富岡多恵子自身が作家でもあることともおおいに関係しているのだろう。『表現の風景』のあとがき「著者から読者へ 表現という意志」で、富岡は「文字を使って詩を書きたい、小説を書きたい、あるいは評論を書きたい、というときの〈書きたい〉とはいったいなんだろうとの思いが、わたしにはいつもある」と記している。

本巻に収められている評論のなかでは、田辺聖子による評伝『ゆめはるか吉屋信子』に圧倒された。ここでは小林秀雄の吉屋信子評だけが取り上げられているが、上下巻合わせて1000頁以上にもわたる評伝では、著者の先の小林秀雄の評にみられるような、吉屋信子やその作品に対する不当な扱いへの義憤、ひいては近現代の「女流作家」たちの正当な評価への要求が表されている。田辺自身のあとがきに「小著では、信子の軌跡とともに、女流作家史とでもいうべく、近代女流の活躍も視野におさめて展望することを意図した」とあるとおり、吉屋信子とゆかりの深かった林芙美子、生田花世、長谷川時雨、宇野千代、平林たい子などについても詳述されている。また人づきあい、とくに女どうしの関係を大切にした吉屋信子の生き方に照らし、吉屋を中心とした女性作家のあいだの関係について論ぜられているのも本書の特色のひとつである。

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『ゆめはるか吉屋信子』からは、著者田辺聖子の吉屋信子への熱い思いが溢れている。だからといって吉屋信子の的はずれな発言(『私の見た人』「田中正造」)については、田辺はそれを指摘し、吉屋信子著の評伝によって実際とは違ったイメージが固定することになってしまった歌人、杉田久女についても、それをただしている。田辺聖子は同じく誠実な態度でなぜ吉屋信子の作品が著者を含むかつての少女たちを惹きつけたかを論じ、不当な扱いを受けてきたその作品の解釈を試みている。そこには大部分の男性たちが理解できずに見過ごしてきた、吉屋信子が表現することによって存在することになる「女性的」な世界がある。そしておそらく『ゆめはるか吉屋信子』を読んだ人の多くは、本書によってそれを知り、吉屋信子ばかりでなく、ここで言及されている林芙美子、生田花世、宇野千代らの作品にも手を伸ばしてみたくなるだろう。

文学作品に描かれた世界は、読まれなければ存在しない。これがフェミニズム批評と日々の体験や構造化された差別を扱う場合との違いである。あえて飛び込まなければ、その世界と接触することはない。つまり批評する対象にも出会えない。しかも本を読むことは少なくとも数時間はじっとしていることだから、少々めんどうな営為でもある。だからこそ作品が読まれることが何よりも大切であるし、そのうえでそれを批判的に見る力を養うことが求められてくる。けれどそれと同時に表現する(書くことの)快楽、あるいはそれを受容する(読むことの)快楽に目を向けた「ジェンダー批評」がもっともっと出てきてもいいのではないか。わたしがこれまで文学作品を読み、研究をつづけてきたのは、女性作家の作品をきちんと評価されてこなかったことへの怒りだけではなく、わたしの感じるおもしろさへの確信と、それを伝えたい(ぜひ読んでほしい!)という強い思いからである。








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