(橋本千恵さんよりいただきました)

井上輝子先生も御同席されていた女性学の全集出版記念の催しで、輝子先生が、
我が師の夫人であることをお話し、若輩者ながら、不思議なご縁を感じたことは、
鮮明な思い出です。

振返れば、恩師ご夫妻がまだ、30歳代であった頃が、輝子先生との出会いでした。
初めてご夫妻のお宅をゼミ生数人と伺ったのです。九段高校生徒会長、そして教養部
での優秀な成績等の輝子先生ご履歴を、師から冗談交じりで伺っていました。どんな
猛者が現れるのかと想像していた私達でしたが、そこにいらしたのは、低めの声で
ゆったりと話され、台所で私達の為に料理をされている輝子先生でした。

その後、師から輝子先生は、「『女性学』というもんを立ち上げるんだ!と息巻いて
るよ。」という話が。更に、輝子先生が女性学の活動で海外へ渡航されている夏、我
が師は、ゼミ合宿に、まだヨチヨチ歩きだったお嬢さんを連れていらしたのでした。

ちょうど私は親の反対で大学院に行けず、1年間OLをして入学金を貯めて翌年の入学
を目指していた夏でした。有給休暇を取ってゼミ合宿に参加した私は、師のお嬢さん
のベビーシッターを時折務めました。沼津の浜辺を、お嬢さんの小さな手を握ってお
喋りしながらゆっくり歩き、世の中には、こんな夫婦像が存在し得るんだ…などと、
未熟ながら想いを巡らしたりしたことを覚えています。

 ご縁はそれだけではありませんでした。輝子先生のご活動を支えていた私の先輩か
らの依頼で、山川菊栄関連の資料(夫 山川均の逮捕中の身を案じた柳田国男より菊
栄への原稿依頼の手紙)の読解のお手伝いをさせて頂きました。ほんの微小な作業で
したが、輝子先生のお仕事に関わらせて頂いたこと、一生の宝物です。

合掌

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井上輝子さん追悼 WAN掲載記事 https://wan.or.jp/article/show/9659
みなさまからの追悼のお言葉は以下にも掲載されています。
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