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対談・ジェイン・オースティンの時代の「婚活」と今 ② 

2012.02.01 Wed

ジェイン・オースティンの時代の「婚活」と今 その2 

 再録・注釈付きテクスト版                   構成・註 川口恵子                   

KONKATSU or Marriage Hunting in the Age of Jane Austen and Japan Nowadays

Girls’ Talk: Chizuko Ueno and Keiko Kawaguchi at United Cinema Tokyo,

November 25,  2011          Annotated Text Version by Keiko Kawaguchi                     

 (前回よりの続き)全4回

婚活の基本はカネか愛か/愛とカネが一致するロマンチック・ラヴという新しい価値観の登場

川口:『高慢と偏見』の中には、いくつかのジェントルマンのパターンが描かれていると思います。伝統的ジェントルマンがダーシー、新興ジェントルマンンがビングリー、偽ジェントルマンがウィカム、ジェントルマンのパロディがコリンズ牧師というところでしょうか。ただ、最終的には、ジェントルマンっていうのは、女性を救う騎士道精神みたいなものを持ってる人、という風に描かれているのではないかとそういう資質をリジーに対して最終的に証明できたのが、ダーシーじゃないかと思うんですが。


上野:そういうことになってますが、結局リジーを救うのはダーシーの財力でしょ。

川口:ウィカムと駆け落ちした彼女の妹を救うために、リジーには言わずに、背後で、ちょっとお金、渡してたのが、最後の方になってわかるわけですよね。

上野:ちょっとどころじゃない(笑)。財力がないとできないことをやったんで、やっぱりジェントルマンの条件はカネ。この話って、婚活の条件につながりますね。婚活の基本は、カネか愛情か。ほんというと、カネか愛情かの二者択一にならずにすめばいい。つまりカネと愛情がセットでくれば、こんなにラッキーなことはないんだけど、なかなかそうはならないジレンマっていうのを抱えてるわけでしょ? オースティンの時代には、それまでの結婚っていうのは、身分に伴う親の決めた結婚ですよね。それがロマンチック・ラヴという観念が生まれて、勃興する新しい階級が登場して愛を伴う結婚という新しい価値観に転換していく、そのはざまで、愛かカネかに引き裂かれる女のジレンマが起きます[i]

川口:転換期っていうのは、とても面白い話ですね。愛して結婚してもいいんだっていう発想が出てきたというわけですね? そういえば、最初にこの作品をほかの映画版で見た時、‘I love you most ardently.’って、現代女性ですらも思わずクラリときそうなセリフをダーシーがリジーに告白する場面があって、原作を調べたことがあります。それで、原作にもちゃんとその台詞が書かれてあったので、意外に「新しい」んだなって奇妙な感慨を抱いた記憶があります。

上野:愛にもとづく結婚って考え方が新しい。 ジェントルマンって女性を救うものなんですよね、って川口さんがいうのを聞けば聞くほど、私には、川口さんってすごく、ロマンチック・ラヴの人なんだわって、聞こえるの。

川口:あの一応、私ですね(汗!)、英語の教科書に出てくる程度なんですが、ジェントルマンの歴史的変遷なんてのを読んでますと、「ジェントルマンは存在するのか?」っていうタイトルの章があったりもするんですが、ジェントルマンというのは、歴史的に、中世の騎士のイメージをひきずっていると。あくまで、その「名残り」をひきずっているという意味なんですが。

上野:あの時代の女性の状況は、男に選ばれなければならない。そうでないと、暮らしていけない。救ってもらうというより、選ばれないと生きていけない。騎士の伝統をひいているとおっしゃるけれど、フランスの騎士っていうのは、領主のもとに所属する独身の男たちなんです。だから女性にとって騎士との恋愛はあっても、結婚は「上がり」にならない。騎士と恋愛するのは、既婚の女性。あ、不倫ですね。トリスタンとイゾルデのように、プラトニックでセックスは御法度です。

川口:そうですね、大体、騎士と恋愛するのは、領主の妻ですよね。

上野:そう、結婚するのは、ちゃんと位のある身分のある男。そのもとにいる独身の騎士団の男たちは、恋愛の対象。結婚と恋愛とが分かれていたのが、騎士の時代の中世。それが結婚と恋愛がセットになる、つまり、カネと愛がセットになる、これが新しいのね。そういう時代の転換期に、ロマンティック・ラヴという新しい価値が現れて、最後は、愛とカネが一致するっていう結末がすごい(笑)。

川口:愛とカネが一致するなんて、幸運ですよね(笑い)。女性の夢見る神話ってところでしょうか。そういう願いがあるというのを知ってて、オースティンが書いているというのはかなり作為的、戦略的ではあると思うんですけど[ii]

上野:私が、この作品を18世紀の『セックス・アンド・ザ・シティ』といったのは、『セックス・アンド・ザ・シティ』でも、やっぱり、男がリッチであることが前提で、それに加えてイケメンであること、セックスがうまいことなどの付加価値がくっついてくる。これが全部セットになってると、パーフェクト。そういう男を探し求める女たちの話ですよね、ただ18世紀と20世紀とでは、セックスがあけすけになるかそれとも封じられるかっていう差があるだけ。婚活は変わってないなあって、気がしたからなんです。

川口:そういえば、原作には、BBC版にも、最近の映画版にも描かれていない愉快な後日談がありまして、私の大好きな、エリザベスのお母さんが・・・

上野:あの姉妹の母親を演じた女優はすごかったですね。

川口:小津映画に出てくる杉村春子さんのように、世話焼きおばさんの感じも出しつつ、ばかにされてもめげずに、娘たちを心配する感じがよく出てました。けっこう勝気ですし。

上野:ほかの出演者を食ってましたね。

川口:くってますねえ。お父さん役の役者もいいですが、やっぱり彼女がいないとコメディにならないですね。ダーシーにも指摘されていたように、俗っぽくて品がなく、辛辣な笑いの対象です。結婚したあとのリジーや姉にも遠ざけられてますし。で、そういう笑いどころのひとつとして、後日談には、最初、娘と踊ることを断ったダーシーのことを「なんてイヤな奴」と言ってたお母さんが、最終的に、結婚が決まったことを聞いて「なんて背が高くて、ハンサムなの」、「トールでハンサムなの」っていう場面があります[iii]。結婚できたことで、結局、価値もあがるというか。そうすると、結局、最終的には、ここに描かれた理想のジェントルマンってのは、結婚できた相手かなあと[iv]

上野:わかりやすい。「すっぱいブドウ」ですね。手に入らないものは悪しざまにいうが、手に入るものは急に価値が上がる。あの中で上がりの順番をみてみると、すべての男の中で一番リッチなのが、ダーシーですね。

川口:年収一万ポンドの男[v]

上野:年収一万ポンドって今の日本円に換算したらどれくらいあります?みなさん知りたいでしょ?

川口:ちょっと換算は難しいですが・・・

上野:年収一千万?もっと?

川口:日本円への換算はよくわかりませんが、この時代ではなく、あとの19世紀あたりの話になってしまいますが、ミドルクラスで年収300ポンドが理想。年収300ポンドで、ようやく召使が2人雇えるくらいの生活ができるということだったらしいです。同時代での比較でいえば、エリザベスの家、ベネット家が、あまり裕福ではないカントリー・ジェントルマンという設定で、年収2000ポンドの土地を所有しているという設定ですから、ダーシーはその5倍です。

上野:ヴァージニア・ウルフが『私一人の部屋』で、年に何ポンドあれば一人で生きていけるっていったの、あれいくらでしたっけ?

川口:あれは、500(ギニー)じゃなかったですか。女性が作家になるには、鍵のかかる部屋と500(ギニー)いるっていうことでしたよね。それで面白いのが、ジェーン・オースティン自身は、作家として収入を得たんですけど、『高慢と偏見』を出した少し後の兄宛ての手紙で『分別と多感』が140ポンドで売れて、それで著作で(『高慢と偏見』を含めて250ポンド得たと書いているんですね[vi]。だから一万ポンドっていうのがどれだけかっていう。

上野:もともと土地があって、そこから上がる利得が・・・

川口:地代ですね。

上野:それが年金というものですから、その地代を産む資産の総額はものすごいでしょうね。

川口:まあ、そうですね。カントリー・ジェントルマンといわれる人々というのがあって、ジェントルマンと言われるべき人というのは、貴族がいて、大地主、そしてそのあとに続くのが産業資本家だったり、士官だったり。ビングリーは北部の産業資本家の息子ですよね。新興ジェントルマンということですが[vii]

                              (続く)




[i] 「愛かカネかに引き裂かれる女のジレンマ」が新しく登場した近代的な現象であるという、ここでの上野さんの論点に川口は全面的に賛成するわけではない。しかし、もしも、そうであるとすれば、ジェイン・オースティンの手紙は、その観点からも、興味深い歴史的資料として読み直すことが可能になる。姪ファニー宛ての手紙の中で、オースティン自身が、かなり自覚的に、理想の結婚相手について、「女のジレンマ」をうかがわせる記述を残しているからだ。

[ii] 新井潤美氏が『自負と偏見のイギリス文化 J・オースティンの世界』(岩波新書、2008年)で指摘しているように、オースティンは習作時代から、当時、流行していた現実逃避型の恋愛小説のパロディを書いており、自分には「まじめなロマンス」を書くことはできないと、当時の手紙に記している。『高慢と偏見』も、最終的にヒロインが理想の男性と結婚するという筋書きにおいては、シンデレラ・ストーリーといえるが、当時流布していた類型的な女性の描き方を皮肉るなど、随所に、オースティンの批判的なパロディ精神がうかがえる。

[iii] オースティンは、ユーモアたっぷりに、ダーシーと娘の結婚が決まったのを知った母親に、ダーシーをほめたたえさせているが、その中に、‘Such a charming man! –so handsome! So tall!’(なんて、魅力的な男性なのかしら。ほんとうにハンサムで、背が高くて!)とある。「ハンサムで背が高い」という理想の男性を指す常套句の原型がうかがわれ、興味深い。

[iv] これは私の説明不足でまったく言葉足らずだったので補足したい。ナラティヴの流れに着目して解釈すると、『高慢と偏見』は、最初はダーシーの「ジェントルマン性」を見誤り、求婚に応じなかったヒロインが、最終的に、彼が、その身分・地位・社会的立場にふさわしい「真のジェントルマン」であることを知ったことで、求婚を受け入れた物語、とみなすことができる。上野さんは、一貫して、ダーシーを「金のある男」=ジェントルマンとみなして話を進めているが、私は、むしろ、ダーシー像の変化に着目している点で、議論がすれ違っている。ダーシーがその身分にふさわしい「ジェントルマン性」を証明したからこそ、エリザベスは彼と結婚する気になったという点を私としては、強調したかった次第。

[v] 註ⅳで引用した母親の台詞の続きに、‘Ten thousand a year! Oh, Lord! What will become of me.’(一万ポンドですって、神様、どうしましょう)とある。

[vi]「『分別と多感』が全部売れて、140ポンドの収益があったと聞いて喜んでくださるでしょう。著作権も私のものになりました。それに価値があるかどうか分かりませんが。したがって著作で250ポンド稼いだことになります」と、出版社や印刷会社との交渉役を引き受けていた兄フランク(フランシス・オースティン)宛ての手紙に記している。1813年7月3 日付の手紙。前掲の『ジェイン・オースティンの手紙』の編訳者・新井潤美氏の解説によれば、1811年末に「ある婦人の手による」小説として刊行された『分別と多感』は1813年7月に初版が完売し、オースティンは140ポンドほどの利益を得、また『高慢と偏見』の原稿を、エガートン社が110ポンドで買い取った。オースティンは友人マーサ宛ての手紙には、110ポンドという買値に対し「私は150ポンド欲しかったのですが折り合わなかった」と記している。次作『マンスフィールド・パーク』は、1814年5月に出版され、11月には完売し、350ポンドの収入を得た。

[vii] 北部資産家の息子ビングリー氏は、北部の名門地主の長男であるダーシーのようにカントリー・ハウスを所有しておらず、ネザーフィールドに邸宅を借りなくてはいけなかった。『高慢と偏見』の結婚喜劇は、いわば、このジェントルマン間「格差」から、物語が動き出すのだ。オースティンの皮肉と機知の入り混ざった警句のような書き出しの言葉は有名。「ひとかどの財産をもつ独身貴族というものは、妻がほしいに違いないというのは、世界にあまねく認められた真実です。その独身貴族が何をどう感じ、どう考えているか、などということについては、まったくあずかり知らないにもかかわらず、自分たちの近くに越してくるとわかるやいなや、この真実は、近隣の家族の固く信じるところとなり、彼は、娘たちの誰かにふさわしい相手とみなされる」。「語るより見せる』演出を心がけたBBC版のオープニングは、山高帽をかぶり流行の服装をした若きジェントルマン二人(ビングリーとダーシー)が馬にのってネザーフィールドの邸を見にくる場面から始まるが、原作にはないこうした描写は、若い男性の性的魅力と紳士階級の富を映像で瞬時に伝える。

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / DVD紹介 / 特集・シリーズ

タグ:非婚・結婚・離婚 / 上野千鶴子 / 川口恵子 / ジェイン・オースティン

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