エッセイ

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[再掲]マンガとロマンティックラブイデオロギー 千田有紀

2010.09.10 Fri

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他人に本棚をみられるのは、恥ずかしい。欧米では(と乱暴にいってしまうが)、バーやホテルのラウンジがライブラリーになっていて、本棚が置いてあることがよくある。日本でも最近、似たようなディスプレイをときどきみることはあるけど。あれはひとを自宅に招いたときに、書斎の本棚をみせながら、お酒を飲んでもらう習慣があったことからきているのかな? 他人に見せることが前提の本棚って、なんだかちょっと、不思議とむずむずする。本棚をみせるのに抵抗があるのは、どんな本が好きなのか知られるのに照れがあると同時に、どんなひとにみられたいかという自意識までも、本棚から流れてきてしまうと思うからだ。
でもマンガとなると、話は別だ。もともと、ハイカルチャーではなく、サブカルチャー、ポピュラーカルチャーの位置に置かれているマンガの場合、そんな自意識なく、むしろ積極的にみせたくなる。「わぁ、趣味が一緒よ」と いわれるのも嬉しいし、「これもこれも面白いのよ。読んでみて!!」と薦めるのも嬉しい。なぜか「全然好きな方向が違う」と貶されるのすら嬉しい。アラフォーになっても、「そんなもの、捨てなさい」と親に叱られているから余計に、胸を張りたくなるのか。実際、勝手に親に捨てられた思春期の頃を思い出すと、マンガを本棚にどうどうと置けるというだけでも、大人になってよかった(笑)。

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というわけで、最近面白いと思ったマンガを直球で紹介してみたい。依田沙江美の『愛の深さは膝くらい』と続編『愛くらいちゃんと』。高校の臨時教員と生徒(昴)のふたりが結ばれるまでの、他愛のないお話なんだけど、すごく楽しい。ちゃらんぽらんに生きてきた先生は、ちょっと適当だけど、なんだかんだと昴が好きで、昴も先生が好き。でもなかなか結ばれないのは、禁断の関係であるだけじゃなく、先生が、ふたりの間に横たわる権力関係を意識しているから。先生のほうが年が上で、なおかつ経験も豊富だから。

昴に迫られて、「全身が引き寄せられ」、「今すぐにでも求めに応じたい」と感じながらも、思いとどまる先生は、「どうしたら君を尊重してるってことになるのかわからないんだ」と自問する。いろいろと経験したほうがいい、高校を卒業してからつきあおうと、余裕をみせながらも、同年代の女の子たちにもてる昴をみて、「どうせ俺から離れるまいとたかをくくっていただけだ」と、その立場の傲慢さを噛みしめる。

いや、ほんと、この社会では、どんな場合にも権力的な関係が必ずあるよね。恋愛なんて、両想いになることをめざしながら、本当に愛したほうが負けてしまう、変なゲームだものね。結局どうやったって、二人のあいだにある権力関係を、なしにはできないよなぁ。と、結構、深い問題を提起しつつ、リリカルな絵柄がそれを感じさせない。

やっぱり思いは断ち切れなくて、一線を越えてしまったあと、「だって教育委員長! あの潤んだ瞳に見つめられてごらんなさい!」、「――って、通じねーよ! バカ!」とひとりで煩悶する先生が面白かった。…。駄目だ。いろいろ説明したけど、全然面白さが伝わってないね!? 是非読んでください。これが男女のお話だったら、ふぅ~んと思って終わりかもしれないけれど、男同士の話だけに(あ、いい忘れましたがボーイズラブです)、よりはっきりと、恋愛のポリティクスが浮かびあがってくる。

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ひとが物語を読む理由は、読むひとの数だけあると思うけれど、わたしがボーイズラブに期待するのは、少女マンガではもうとっくに死に絶えた、ロマンティックラブイデオロギーを味わいたいからだと思う。その甘美さと苦さとを含めて。現実の少女マンガは、婚活に励む『30婚miso・com』とか、女の子たちがすごくパワフルで元気。だけど、古典的なロマンティックラブはとっくに卒業してしまっている。それはそれで、健全だけどね。








カテゴリー:やおい/BLの魅力 / シリーズ

タグ:千田有紀 / ボーイズラブ / ロマンティックラブイデオロギー

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