5月11日最高裁で上告棄却の決定が出ました。まさかの不当判決。
以下に弁護団声明、伊藤和子弁護士のコメント、応援する会・呼びかけ人のコメントがあります。
https://kazukoito-voice.site/?page_id=519

以下は伊藤和子さんのnote「最高裁での結果報告と今後について 皆様への感謝を込めて」
https://note.com/1623354/n/n386ead4868b4

こんな不当判決にひるまず、前を向いて行きましょう。
伊藤さん、被害者をひとりにしなかったあなたも、ひとりじゃないよ!応援団がついてます。

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このところ裁判で「とんでも判決」が続いて女性たちの怒りを招いていますが、ここにも問題が。AV出演強要問題や性被害などに取り組んできた闘う弁護士、伊藤和子さん(ヒューマンライツ・ナウ事務局長)が名誉毀損で告訴され、一審、二審で敗訴、最高裁まで行って争われています。
それというのもAV業者の逮捕を見てつぶやいた伊藤さんの次のツイートが、「名誉毀損」に当たるというもの。
「逮捕されて制作会社社長が必死に隠しているシーンを見て思ったこと。嫌がる女性たちに出演強要し、顔や体、最も知られたくない屈辱的なことを晒させて拡散しズタズタに傷つけて、自分たちは陰に隠れて巨額の利益を得る。そんな鬼畜のような人たちはみんな顔を晒して責任を取ってほしいと思う」
これが「名誉毀損」で有罪なら、女性の性暴力被害に声を挙げることもそれを支援することも萎縮させる効果を持つでしょう。
そんなバカな、と思ったので、応援したいと「意見書」を書きました。法廷に提出した公文書ですので、ここに公開します。

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                                意見書
平成3年3月30日

                  上野千鶴子 (東京大学名誉教授・認定NPO法人WANウィメンズアクションネットワーク理事長

1 はじめに
 私、上野千鶴子は1993年から2011年まで東京大学大学院人文社会系研究科で、助教授ついで教授として女性学・ジェンダー論を講じ、退職後は認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として女性の活動を支援している社会学者です。性差別や性暴力については多くの事例にあたり、研究書もあり、セクハラ裁判では意見書を書いてきました。本件東京高裁令和元年(ネ)第5084号事件(原審 東京地方裁判所平成30年(ワ)第27059号事件)の上告審に当たり、第一、二審が配慮しなかった要因があることを指摘し、ご配慮を求めたいと思います。

2 性暴力の立件化の困難
 これまでも性暴力被害については被害者の多くが沈黙することでなかったことにされてきました。性暴力被害の申告は氷山の一角と言われるほど、申告自体のハードルが高いことが知られています。また告発しても、思い出したくないイヤな記憶を現場の(男性)警察官に何度もくりかえさせられたり、密室の出来事として証拠不十分として取り扱われることがしばしばです。被害者は動転しており、どこに行って何を証拠保全すればよいのか、判断できず、それどころか一刻も早くいまわしい徴を消し去りたいと行動します。また性暴力被害への対応に通じた専門的な医療機関は数が少ないばかりか、その情報も知られていません。加害者はおしなべて事実を否認し、そればかりか被害者を貶めることで二次加害を行います。被害者は孤立させられ、親族縁者を含めて攻撃にさらされます。その結果、申告や告発があっても、有罪に至る立件化のハードルがいちじるしく高いことが知られています。
 以上のことは性暴力被害についての研究の蓄積と、当事者による証言や手記から、ようやく知られるようになった事実です。
 そのもっとも典型的な事例は、伊藤詩織著『ブラック・ボックス』(文藝春秋社、2017年)が赤裸々に明らかにしています。伊藤さんが就職の相談をしていたTBSワシントン支局長(当時)の山口敬之氏から受けた性暴力被害は、「準強姦罪」で逮捕状まで出ておりながら直前に逮捕見送りとなって刑事で立件化できず(その理由を検察は明らかにしていません、時の政権の安倍首相に近かった加害者、山口氏をめぐって政治介入があったかと疑われています)、その後、民事法廷で勝訴し、山口氏に損害賠償命令が出ました。(第一審の東京地裁で勝訴し、その後被告の上告によって東京高裁で係争中)その間に、伊藤さんは山口氏から虚偽告訴による名誉毀損を理由に逆告訴を受けています(東京地裁は訴えを棄却しました)。伊藤さんはフリーランスのジャーナリストであり、彼女ほどの知性と情報のある女性ですら、被害を受けた直後はどこに行ってよいかわからず、一刻も早く不快な記憶を洗い流したいと証拠保全の知恵も働かなかったといいます。伊藤さんの場合は周辺情報や目撃者もいて、民事法廷で事実の認定をされましたが、多くは密室の出来事である性暴力被害を証明することは、被害者にとってきわめてハードルが高く、申請件数は氷山の一角に過ぎないと推測されています。

3 逆告訴ハラスメント
 性暴力被害の立件化が難しいことは、上述のとおりです。立件化が難しいことは、被害がなかったことを証明しません。にもかかわらず、加害者と目された原告がしばしば採用する手段は、「名誉毀損」を理由に被害者およびその支援者を恫喝する逆告訴ハラスメントというべきものです。  それが定石であることは、すでに大学内におけるセクハラ事案の先駆的な事例であった、1993年の京都大学矢野暢事件でも、現実になりました。矢野研究室秘書であった被害者甲野乙子さん(仮名)が、たび重なる複数の秘書のセクハラ被害を看過できず、京都弁護士会に「人権救済申立」を行いました。告発先が警察でなかったことは、当時はまだ「セクハラ」に対する社会的な理解が進んでいなかったことと、すでに長期にわたって矢野研究室の秘書を務めていた経緯から、「合意」と判定されることを怖れたためと思われます。甲野乙子さんにとっては、どこにも持って行き場のない窮余の策であったろうと思われます。
 矢野事件を知った京都大学女性教官懇話会の代表、小野和子さんは、甲野さんに対して学内で救済の窓口を提供できなかったことに痛恨の思いを持ち、(当時はまだ、キャンパスセクハラは知られておらず、どの大学にも相談窓口はありませんでした)地元紙の京都新聞にこの事件を告発するコラムを書きました。それに対して、矢野氏側は、「事実無根」として妻の名で小野さんを「名誉毀損」で告訴、裁判は矢野氏のセクハラの事実を認定して矢野氏側が逆転敗訴となりました。この事情は小野さんの著書、『京大・矢野事件--キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの』(インパクト出版会、1998年)に描かれています。
 1994年に東京大学に赴任した上野は、東大に「京都大学女性教官懇話会」に相当する組織がないことを知り、ただちに「東京大学女性教官懇話会」(後に「東京大学女性研究者懇話会」と改称)を組織し、「東京大学女性教職員が経験した性差別」の実態調査に乗り出し、それをもとに出した編著が上野千鶴子編『キャンパス性差別事情---ストップ・ザ・アカハラ』(三省堂、1997年)です。ちなみに「アカハラ」こと「アカデミック・ハラスメント」とは上野の造語であり、研究者固有のハラスメント被害を指します。このような概念化によって、それまでは「最高学府の知性」にあるはずのないことと隠蔽されてきた大学内のハラスメントが、むしろセクハラを誘発しやすい組織構造のもとで起きていることが顕在化し、各大学でのセクハラ対応が急速に進みました。とはいえ、今日においても申請に至る事案の背後に、多くの暗数があることは想像に難くありません。

4 AV業界の闇
 本件、伊藤和子さんに対して起こされた「名誉毀損」裁判は、上記の逆告訴ハラスメントを強く想起させるものです。性暴力被害、とりわけAV業界における被害は、どこまでが同意でどこからが非同意に当たるか、線引きの難しいものです。状況は現場での成り行きに左右され、拒否の自由は奪われ、また契約書に縛られたり、違約金の金額で脅されたりするケースがあることもわかっています。したがって一般の性被害に比べて、AV産業における性被害は顕在化されにくいだけでなく、被害者も受忍する傾向があります。
 そのなかで限度を超えた性暴力に対して必死の思いで申し立てがあっても、立件化がすこぶる難しく、結果として「証拠不十分」となることがしばしばです。AV産業の性暴力被害の相談を受けてきたNPO法人ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)や、本件被告である伊藤和子さんらの弁護士は、こういう現場での性暴力の事例を知悉し、それに対して怒りを募らせ、法的な規制強化によって被害者を生みださないようにすることを求めつづけてきました。
 本件で「名誉毀損」に当たるとされるツイートの文言のうち、「そんな鬼畜のような人たち」は、彼女たちがそれまでに接触し、蓄積してきた被害者の事例にもとづいて、AV業界でもうけのために女性の人権を踏みにじって恥じないひとびとの集団を指すと考えることができます。本件では「逮捕された制作会社の社長」が「鬼畜のような人々」として特定されているかどうかが、争われていますが、まず第1に、この「制作会社の社長」がAV業界に属することは前提となる事実ですし、第2にこの「制作会社社長」が「逮捕されて顔を必死に隠しているシーン」が報道されていることから、特定の容疑をかけられていることは明らかです。仮にこの「制作会社社長」が逮捕のあとで告訴されず、また有罪判決を受けないとしても、それは彼が「有罪ではない」ことを意味するだけで、「潔白である」ことを証明するわけではありません。また第3に、後段のツイートの文言が「鬼畜のような人たち」と複数形になっていることから、個人を指すものでないことは明らかです。中段の「嫌がる女性たちに出演強要し、顔や体、最も知られたくない屈辱的なことを晒させて拡散し、ズタズタに傷つけて、自分たちは陰に隠れて巨額の利益を得る」は、後段の「こんな鬼畜のような人たち」にかかっており、前段の「社長」を特定したものでないと解釈するのが、日本語の解釈として自然です。この表現が制作会社社長個人を指すと判断するのはどう見ても無理があります。
 AV業界が性暴力の温床となっており、被害者が生まれていることには、例えそれが法的な処罰を受けるに至らなくても、多くの証言があります。このツイートはAV業界が抱える問題について伊藤さんが鋭く問題提起したのだと受け取るのが普通でしょう。それなのに制作会社社長の提訴を受けて裁判所が個人に対する名誉毀損と認定することは社会常識から乖離したものです。AV業界への批判ですら裁判所が統制することになったら、社会の不正や女性に対する人権侵害について公共的な場で発言をすることが難しくなるでしょう。

5 判決の影響
 仮に本件の高裁判決が確定するとすれば、その効果は、性暴力被害の告発と支援に対する大きな萎縮効果をもたらすでしょう。
 名誉毀損を利用して加害者側が告訴することで、女性の人権侵害について被害者を代弁する支援者たちを黙らせることができるとなれば、逆告訴ハラスメントによる加害者側の恫喝が効を奏することになるでしょう。この判例が前例となることで、以後の裁判にも影響を与えることは必至です。これを判例とすることは、性暴力と闘ってきたわたしたち女性学・ジェンダー研究者にとって、絶対に受け容れることのできないものです。
 現在、刑法改正に向けて「不同意性交罪」を組み込むべく、7万筆近い署名が集まり、法務省の審議会の帰趨が注目されているところです。長年にわたって実父が娘を強姦しつづけてきた性虐待事件の名古屋地裁岡崎支部での無罪判決に、女性法曹も女性団体も激しい怒りの声をあげました。この判決は名古屋高裁で覆り、最高裁で確定しましたが、最高裁まで争わなければならないということ自体が「抗拒不能」を要件とする刑法の欠陥を示すものです。最近では横浜地裁で11年前に母親の交際相手に性暴力を受けた当時17歳の女性の裁判で、裁判官は、長期にわたって性的虐待を受けてきたこと」を事実と認定しながら、特定の日時の強姦の事実を証明するには「合理的疑い」があるとして、被告を無罪としました。性暴力被害を立証するには、いったいどれほどのハードルを越さなければならないのでしょう。原告の苦しみと怒りは想像に難くありません。
 「不同意性交罪」とは、明示的な「ノー」がなくても、積極的な「イエス」がない限り、同意がなかった、と見なすものです。これまでも女性の弱みにつけこんだ性暴力犯罪はくりかえされてきました。ようやく勇気を出して声をあげた被害者とその支援者を、ふたたび沈黙に追いやるような東京地裁、東京高裁での不当な判決が、控訴審でくつがえることを、多くの女性たちが息を詰めて見守っていることを、どうぞご承知おきください。

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