2012.12.03 Mon
このシリーズは、事実婚・非婚・おひとりさま・セクシャルマイノリティといった方々に対し、「法律婚夫婦+子」を基本概念として作られている現状の各種法制度の中から、活用できる制度がないかを提案していくものです。
◆テーマ・その1:遺言書で大切な「者」を守る
第3回 こんなに違う! 公正証書遺言がある/なしでの遺族の負担
●葬式代さえ払えない? 相続人全員の書類がないと口座のお金が下ろせない!
このシリーズもおかげさまで3回目となりました。第1回は「相続だけはどうにもならない!」と題し、「法律婚夫婦+子」といった枠組みの中では生きていない私たちのようなマイノリティにとっては、大切な「者」を守るには「遺言書」がなによりも大事な武器であり防具であることを述べました。
第2回では「勝手に開けちゃダメ? 遺言書には種類がある!」の副題で、遺言書には大きく分けて3種類があり、それぞれの遺言書のメリット・デメリットと特に事実婚・非婚・おひとりさま・セクシャルマイノリティといった方々は<公正証書遺言>を作成しましょうということを述べさせていただきました。
今回は、遺言書を作るときに必要なものと遺言書がなかった場合に遺族が集めなくてはならなくなるものを比較しながら、遺言書の必要性を再確認していただけたらと思います。
さて、ではまず、遺言書がなかった場合を考えてみましょう。
あなたが遺言書を作らないまま突然亡くなったとします。あなたの金融口座から遺族が葬式代や当面の生活費としてお金を下ろすには何が必要になるでしょうか。「人が死んだらとにかく銀行に走ってお金を下ろしておけ!」とよく聞きますよね。それは、名義人が死亡した場合、金融機関がその口座を凍結してしまうからです。
あなたの通帳とハンコを持って行っても遺族はお金を下ろせません。では、その遺族があなたの配偶者やお子さんだったとして、通帳とハンコの他にあなたとの続柄がわかる戸籍や住民票も持っていけばいいのでしょうか?
答えは×です。残念ながら、あなたの配偶者やお子さんがあなたとの続柄を証明しようと金融機関は相手にしてくれないのです。
では、必要なものは何なのでしょう? 金融機関によって必要な書類は多少異なりますが、以下のようなものの提出を求められます。
(1)故人(あなた)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
(2)相続人全員の戸籍謄本
(3)相続人全員の印鑑証明書
(4)故人(あなた)の預金通帳、届出印、キャッシュカード
ここでピンと来る方もいらっしゃると思います。そう、「相続人全員の…」という言葉が出てくるということは、故人の相続人に当たるのが誰なのかを遺族が調べて、その全員と連絡を取って、戸籍や印鑑証明書をもらわなくてはならないということです。葬式代や当面の生活費のためにお金を下ろすという、故人の死後すぐにも起きそうな場面で、遺族はいきなりこの手間と暇と時間の掛かる作業に直面することになるわけです。
遺言書がない場合、故人の相続人に当たるのは、「法定相続人」となります。「法定相続人」は、故人の配偶者・子・親・きょうだい・孫・甥や姪…ということになりますが、ここで、故人にいわゆる隠し子がいた場合や故人も知らないきょうだいがいることが分かったり、相続人の中に海外移住者がいたり、遺族と不仲な人間がいたりすると、「相続人全員の…」というものを集めること自体が格段に難しくなってしまいます。そして何よりも、遺族に精神的な負担まで大きくのしかかってくることになってしまいます。
一方、あなたがきちんと<公正証書遺言>を作成し、その中で遺言執行者の指定もしておいた場合の金融機関に提出する書類はどうでしょうか。
(1)故人(あなた)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本
(2)<公正証書遺言>の正本または謄本
(3)遺言執行者の証明書(自動車運転免許証、パスポートなど)
(4)故人(あなた)の預金通帳、届出印、キャッシュカード
「相続人全員の…」という言葉がどこにもありませんね。これだけでも、どれほど遺族にとって<公正証書遺言>のある/なしで実際の労力が違うかが一目瞭然です。
「遺言執行者」については、また別の回でご紹介いたしますが、これは文字通り遺言書の内容を実際に行う人のことです。遺言執行者は遺言書でしか指定できないことになっており、相続人うちの誰かを指定しておくこともできますし、第三者を指定することもできます。上記の例であれば、あなたが<公正証書遺言>で配偶者またはお子さんを遺言執行者に指定しておけば、他の相続人がいてもいなくても、当面のお金はさくっと金融機関から下ろすことができるようになるわけです。
ここまで、遺言書(公正証書遺言)があった場合となかった場合に、残された大切な人たちにどれだけの負担があるかないかを具体的な例で見てみました。
●何を誰に相続させるか
それでは、実際に、遺言書を作ろう! と決意したときに必要なものはなんでしょうか。
それはつまり「何を誰に相続させるか」を決めるのに必要なものということですね。具体的には、財産と相続人に関する書類になりますが、まず自分で遺言書の下書きを作るには、揃えなければいけない書類は特にありません。
【財産を書き出してみる】
まず、自分がどのような財産を持っているのか、ひと通り書き出してみましょう。
現金、預貯金、不動産、株券、車、家財…こういったプラスの財産だけではなく、借金などの負債も相続されますので注意が必要です。これも、書き出しておきましょう。
ちょっと面倒なこの作業も、もし自分が何もしないまま死んでしまったら、一から全部遺族がやらなくてはいけない作業。自分でさえ面倒なのですから、遺族にとってはそれはそれは大変な作業です。元気ないまのうちにしっかりと整理しておきましょうね。
自分にどういった財産があるかを整理するには、本屋などで売られているエンディングノートを使うと便利です。また、エンディングノートで検索すると無料でテンプレートを配布しているサイトもありますので、活用してみてください。
ただし、エンディングノートに書いただけでは、遺言書とは認められないので気をつけてください。エンディングノートはあくまでも補足的なもので、遺言書は別に作る必要があります。
【相続人を決める】
「法定相続人」と「相続人」は違います。「法定相続人」はあくまでも法律的に相続する権利のある人たちですね。一方、「相続人」は、実際に相続する人です。「法定相続人」は自分では決められませんが、「相続人」は遺言書の中で自由に決めることができます。「法定相続人」に該当しない人(事実婚の相手、同性パートナー、お世話になった人など)に遺産を相続させたい場合は、絶対に遺言書が必要だということはこの連載の第1回で述べた通りです。
また、「法定相続分」といって、「法定相続人」が法律的に受け取ることができる遺産の割合も決められていますが、これも遺言書を作成すれば自分で自由に決めることができます。
なお、故人の死後の諸々の手続きのために、遺族が故人の出生から死亡までの戸籍謄本・除籍謄本を揃えなければいけないのとは異なり、自分で自分の遺言書を作成する際には、これらの謄本を集める必要はありません。仮に自分に自分の知らない法定相続人がいたとしても、遺言書では自分の財産の処分方法は自分で決められるため、実際の法定相続人の有無は関係がないからです。
ですが、相続には「遺留分」という制度もあるため、それを意識しておくためにも自分の戸籍は一度集めておくことをお勧めします。「遺留分」とは、きょうだいを除く法定相続人が最低限もらえることになっている財産の割合のことです。例えば、配偶者の遺留分は1/2ですので、仮に「愛人に全財産を遺贈する」といった内容の遺言書があっても、配偶者は遺産の1/2をもらう権利があるということになります。この「遺留分」については次回で詳しくご説明する予定です。
●<公正証書遺言>を作成する場合に必要な書類
公証役場で<公正証書遺言>を作成する場合は、公証役場や遺産の内容によって少し異なりますが、下記のような書類が必要になります。
(1)あなたの戸籍謄本
(2)あなたの印鑑証明書
(3)相続人が法定相続人以外の場合は、その相続人の住民票
(4)遺産に不動産がある場合には、登記事項証明書(登記簿謄本)、固定資産評価証明書または固定資産税・都市計画税納税通知書の課税明細書
(5)通帳のコピー、他の動産等を書き出したメモ
(6)証人予定者の名前・住所・生年月日・職業のメモ
冒頭で、金融口座からお金を下ろすときの具体例でもご説明したように、なんといってもやはり遺言書は<公正証書遺言>で作ることが重要です。自筆証書遺言ですと、前回も書きましたように、まずは家庭裁判所での検認が必要になります。検認には時間も掛かりますし、何より検認を申し立てるには「相続人全員の戸籍謄本」が必要なため、結局は遺族の負担が遺言書がない場合と大差ないことになってしまいます。
確かに、<公正証書遺言>は自筆証書遺言と比べると、作成するのに手間や暇や時間、そしてお金が掛かります。ただしそれは、<公正証書遺言>を作らなかった場合に、あなたの大切な遺族が死後事務に掛けなくてはならなくなる手間・暇・時間・お金を考えれば、苦にはならないもののはずです。
このシリーズの第1回の中で「大切な者を守る武器と防具が遺言書です」と述べました。そのうちの防具は、財産で大切な者を守るという意味のほか、こういった死後事務に掛かる遺族の手間暇を最小限に抑えるという意味も込めています。
あなたが亡くなったあと、悲しみに暮れている大切な遺族の負担を少しでも減らすために。また、非婚・おひとりさまで、遺族がいない場合にも、あなたの死後の手続きをしてくれる人は必ずいるのです。そういった方々へできるだけ負担を掛けないためにも。
さあ、<公正証書遺言>を作ってみましょう!
次回は、遺言書を作成するときに忘れてはならない「遺留分」についてご紹介いたします。
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【文】
金田行政書士事務所
行政書士 金田 忍(かねだ しのぶ)
http://www.gyosyo.info/
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