信田さよ子さんに、「非常事態と家族」というテーマで本を書いてほしいと思い立ったのは、2020年の春でした。未知のウィルスにおびえ誰もが右往左往していた頃、湯舟につかっていて唐突にひらめいたテーマでした。
まずは弊社ウェブでの連載をお願いすることになったのですが、これほど「非常事態」が長く続くとは予想もしていませんでした。コロナ禍の変遷とともに連載は書き進められ、最後の稿を手にしたのはコロナが5類になった2023年5月。アクチュアルな社会事情も盛りこんでいるので、日本をまるごと包んでいたどんよりした空気が真空パックされた一冊となりました。
パンデミックは、これまで見えなかった、見ないようにしていた問題を明るみにしました。コロナ禍は家族の中ですでに芽吹いていた変化を加速化させた、と信田さんは指摘します。家庭内でケア役割を担う主婦、安心して家にいられない10代の女性…。いわば家族で最も弱い立場にある女性たちに、その変化は重い負担としてのしかかりました。
「私は、何かを変えたい、変えなければ苦しくて生きていけないと訴えてカウンセリングにやってきた女性たちのことを、いつも念頭に置いていた。コロナ禍は彼女たちの変化を加速させた。空気圧が倍になるように、家族関係において溜まったものが濃縮・凝縮されて噴出したかのようだった。
その変化の波が押し寄せた時、彼女たちは正面からそれに向かっていった。もともと逃げ道などなかったからかもしれないが。そうして、彼女たちはちゃんと生き延びていったのである。そのことに、私は胸が熱くなった」(本文より)
本書には事例が豊富にでてきます。虐待を受けトラウマを抱える女性、無理解な夫に振り回される女性…。登場するのは、信田さんが出会った人々から造形された架空の人物なのですが、自身の体験を重ねて読んだという感想が少なくないのは、とても興味深いことでした。
知恵と勇気を総動員して精一杯生きようとした女性たちの姿に、危機を切り抜けるヒントを見出すことができるかもしれません。「しんどいけど読んでよかった」と読者に言われたとき、そうかこの本は「非常防災袋」だったのかと腑に落ちました。いつでもそばに置いて何度でも読み返してほしい、そんな一冊です。
◆書誌データ
書名 :家族と厄災
著者 :信田さよ子
頁数 :192頁
刊行日:<2023/9/20br>
出版社:生きのびるブックス
定価 :2090円(税込)