
女性の身体には男性とは異なる現象や機能がある。月経や妊娠・出産がその典型だ。これらは生物として種の存続のためには不可欠なもので、人類が太古以来ここまで生き長らえてきたのも、いわば女性身体が連綿と機能してきたおかげと言える。
にもかかわらず、こうした男とは異なる身体を持つがゆえに、長い歴史を通して女性たちがどんな理不尽な差別やひどい扱いを受けてきたか――それを膨大な資料をもとに、古代から現在までの西洋世界について克明に跡づけたのが、この本である。
長い間、女性の身体は男性とは違うという理由で、不完全で欠陥が多いと見なされてきた。古代ギリシアでは、妊娠していない子宮は「いらいらして」体の中を動き回り、さまざまな病気を引き起こすと考えられた。この考え方は、女性を支配するものが子宮なのか卵巣なのか、さらにはホルモンなのかと変わっても、現代まで続いていて、女性の訴える身体的な苦痛や不調はしばしば心因性の「ヒステリー」として片づけられてきた。
本書には、その過程で起きた魔女狩りをはじめ、「ヒステリー」治療のためと称する陰核切除術・卵巣切開術等々、女性たちに加えられた「虐待」と呼ぶにふさわしい、不適切で危険な医学的処置の例が次から次へと登場する。そのため率直に言って、読み進むのにはかなりの覚悟がいる。だが悲しいことに、紹介されている事例はいずれも史実であり、実際に女性たちの身に生じたことなのだ。
女性の身体や病気がしばしば適切な処置を受けられず、多くの不当な扱いにさらされてきたのは、医学が長らく女性を締め出した男だけの世界であり、男の視点や価値観のもとに運営されてきたことに最大の原因がある。しかし女性が医師になれるようなった現在でも、もし医学的思考の根底に男性中心主義が存在し続けているのであれば、女性は相変わらず「他者」として扱われ、女性患者による苦痛の訴えが真剣に取り上げられにくい状況は変わらないことになる。
この本は、著者自身が女性に多い自己免疫疾患である全身性エリテマトーデスに罹患して苦しんでいたにもかかわらず、その診断が出るまでに10年もの歳月を要したという個人的体験が、そもそもの出発点となっている。本書の最後に置かれた次の文章は、そうした著者の経験から来る痛切な主張であると同時に、本書を象徴するメッセージでもある。
自分の身体のなかで何が起きているかを語るのに、わたしたちはもっとも信頼できる語り手なのだ。不定愁訴の女たちの人生は、医学が患者の話を聞けるようになるかどうかにかかっている。偉大な詩人マヤ・アンジェロウの言葉を言い換えよう。
女性が痛いと言ったら、一回目でその言葉を信じなさい。(505頁)
最後に疑問を一つ。『さまよう子宮』という邦訳のタイトルは、インパクトはあるのかもしれない。だが、本書全体のメッセージを表すものとしては、原題のUnwell Women を訳した『不定愁訴の女』の方が良かったのではないかと考えるが、どうだろうか。
◆書誌データ
書名 :さまよう子宮
著者 :エリナー・クレグホーン
訳者 :福井久美子
頁数 :552頁
刊行日:2024/6/26
出版社:G.B.
定価 :4290円(税込)
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