
本書は、日本ではタブー視されがちな「認知症ケアにおける性の問題」を正面から取り上げた、革新的な一冊です。私にとっても、企画を持ち込んでから7年を経てようやく形になった、いわば“執念の翻訳書”でもあります。
認知症ケアと性の専門家として長年コンサルティングに携わってきた著者ならではの、現場での豊富な事例は本書の大きな魅力です。
脳卒中で車いす生活となりながらも、生涯の恋人ある妻と「もう一度セックスがしたい」と思い悩んでいたフィル。
若年性認知症の診断後、変化していく性生活を胸に抱えていたミシェル。
いずれも切実で、ときにユーモラスで、胸に迫るものがあります。著者が長年、現場で一人ひとりと関係を築いてきたからこそ得られた事例だと感じていただけることでしょう。
もうひとつ特筆すべき魅力は、「性」というテーマに向き合う著者の姿勢です。自らの中にある偏見や固定観念を丁寧に見つめ直し、常に自分を更新しながら、人と真摯に向き合う——その柔軟で軽やかな知性を感じていただけるはずです。
これまでの研究では十分に扱われてこなかったニッチな領域に踏み込んだ専門書であると同時に、「性をどうとらえるか」という読者自身の価値観を問い直す一般書としても読み応えのある作品です。
(訳者 寺田真理子)
◆書誌データ
書名:認知症と性とウェルビーイング
パーソンセンタードケアの視点から
著者:ダヌータ・リピンスカ
訳者:寺田真理子
体裁:四六版 272頁
出版社:ブリコラージュ
定価:2,860円(10%税込み)
kindle版あり










