
高市早苗首相が博打に出た2月の「自己都合」解散に伴う総選挙で、各政党はのきなみ消費税減税と保険料削減を唱えた。参政党、共産党、れいわ新選組、社民党はもとから消費税廃止組。国民民主党は5%への減税。そこへかつて消費増税を唱えた民主党の流れを汲む立憲民主党も、公明党と共に設立した中道改革連合では食料品に限って廃止。自民党と維新の連立与党は、野党の政策に「抱きつき」戦略で2年間に限って食料品の消費税廃止を打ち出した。チームみらいだけは消費税廃止を打ち出さなかったものの、代わって保険料の減額を打ち出した。維新、国民民主、参政、共産、れいわも、軒並み保険料引き下げを公約に掲げた。
財源がなくなるとどうなるのか?とりわけ社会保障税として使い道が指定された消費税が廃止されると、約25兆円の減収、5%になるとその半分、食料品に限ると5兆円の減収になる。代替財源が取り沙汰されているが、手当てがつかなければ社会保障財源が減少する。保険料も減額すればその分の原資が減る。結果は社会保障の削減だ。負担の低下が給付の低下につながることに各政党が口をつぐむのは、フェアではない。
日本の国民負担率は税金・社会保険料を合計しておよそ国民所得の46%。これが5割に近づいたことを、江戸時代の米を納める割合になぞらえて「五公五民」などと揶揄するひともいるが、諸外国と比較すると、国民負担率6割前後の欧州諸国と3割台のアメリカとの中間に位置する、日本は中負担中福祉の国家である。そのおかげで格差社会アメリカにはない、公的医療保険や公的介護保険が成り立っている。まだまだ十分とは言えないが、日本は相対的には社会保障が充実した社会なのだ。
政権与党が圧勝した国で、選挙民はほんとうに「低負担低福祉」をのぞんでいるのか。それをくつがえすデータを、医療経済学者の二木立さんが『文化連情報』1月号に示していた。それによると、直近の6つの意識調査を分析したところ、「給付も負担も減らす」のに賛成したのはどの調査でも1〜2割に留まり、むしろ多数の国民は「現在の給付水準維持するためには負担増になってもかまわない」と考えていることがわかる。
ちなみに福祉ジャーナリスト、大熊由紀子さんは、国民負担率と呼ばずに、「国民連帯率」と呼んだ方がよい、と提言する。二木さんも「国民皆保険は日本社会の『安定性・統合性』を維持するための最後の国民連帯の砦」と言う。介護保険も「おたがいさま」の社会の証なのだ。
負担なきところに給付はない。政策論争をするなら、負担と給付をセットで主張すべきなのに、負担の話が多く語られない現状は無責任というほかない。高市首相は消費税減税に積極的だが、借金し、投資する「責任ある積極財政」を推進するともいう。これは「無責任な積極財政」とならないか。
二木さんは、日本の納税者が負担増に消極的なのは、政治不信が原因だという。私もそのとおりだと思う。高市首相は自民党総裁として、実態解明の進んでいない裏金問題に関与した元議員らを公認して選挙を戦った。政治不信を解消しない政府を国民が選んだことで、「低負担低福祉」の自己責任社会への舵を切ったことになるのだろうか?
「朝日新聞」2026年3月17日付け北陸版「北陸六味」から許可を得て転載。
朝日新聞社に無断で転載することを禁じる(承諾番号18-5999)









