女性史・ジェンダー史研究者(有志)で提出した「要望書」の趣旨とご報告   
   (取りまとめ:平井和子 一橋大学ジェンダー社会科学研究センター客員研員)

(※要望書はhttps://wan.or.jp/article/show/12555)
 わたしたち日本女性史・ジェンダー史研究者(有志、最終賛同人18人)は、政府が6月30日に閣議決定し、今国会で成立をめざす「皇室典範改正」の根拠として、百地章氏の「男系継承は2000年の日本独自の歴史文化伝統」(TBS「報道特集」7月4日)、高市早苗総理が各地で発する「126代にわたって男系で皇統が継承されてきた世界に比類なき日本の伝統」などという誤った歴史認識を崩すため、これまで日本女性史・ジェンダー史が蓄積してきた学術的論拠をもとに議論されるように7月8日午前中に「要望書」を提出しました。天皇制そのものに関する是非は一旦おき、歴史を研究してきた者として、新たな「歴史の捏造」を許さない、という1点で一致しての行動です。
 10日に衆院で審議入りという情報を得て、それ以前に何とか、国会議員さん方へ「要望書」を間に合わせるため、急きょ平井が素案を書き、古代王権論の第一人者、義江明子さん(帝京大学名誉教授)、『性差の歴史』の監修をされた近世史の横山百合子さん(国立歴史民俗博物館名誉教授)、近現代史の石月静恵さん(桜花学園大学客員教授)たちの助言、修正、加筆を得て、「要望書」をまとめました。同時に歴史系のいくつかの学会へ呼び掛けましたが、短期間では学会内を一つにまとめることは不可能ですので、学会名は出さず、個人としてともに作業に参加くださったり、賛同署名を寄せられる方もあり、最終的に男女18人の署名をいただきました。

 「要望書」取りまとめ作業と同時に、これを受け取り、賛同し、有効に動いてくださる国会議員さんを誰にするか―これは、わたしたち歴史研究者は初めてのアクションだったので、国会ロビー活動の経験豊かなWAN理事の福田和子さんに橋渡しをしていただき、時間を空けて直接手渡しに応じてくださる中道改革連合副代表(3党男女共同参画実践PT座長)の早稲田ゆき氏に面談することとなりました。
 予め段取りをしてくださった早稲田氏の秘書さんからは、「来るのが遅い! われわれはもうだいぶ長い間議論してきた。もっともっと早めに要望書を持ってきてくれば・・」と言われ、すでに3党での合意ができていること、最後の「附帯事項」で自民党案を修正させるところまで後退している事実を知りました。危険な法案が拙速なまま目白押しの今国会、早稲田さんが午前中の会議で「附帯事項」への「直系長子」を修正として入れるべく、議論を交わされたようすで、私たちとの面談では、声が枯れて、言葉も聞き取れないほどの状態でした。
 本当に短期間でのアクションだったので、それぞれ都合がつかず、手渡しの現場に来られる研究者は平井一人の状態でしたが、SOSを発しましたら、元『銃後史ノート』のメンバーで近現代女性史をやっているむらき数子さん、D-WANスタッフの永野眞理さん、フリーランスライターの平井明日菜さんが、駆け付け、同席くださいました。永野さんと平井さんの発言は、以下の『朝日新聞』(7月9日)にも掲載されました。この時のメディアは、急きょ知己の新聞記者さんを通じて『朝日新聞』、『毎日新聞』、『神奈川新聞』、『週刊金曜日』さんが取材にみえ、毎日新聞はその日の夕方にはデジタルでアップされ、たちまち26万回の閲覧となっていて、ネットによる影響力の広さ(怖さも?)感じました。
 早稲田事務所のあと、予め電話連絡しておいた衆参の公明党、国民民主、立憲民主、共産、れいわ、社民の議院さんの事務所を廻り「要望書」を秘書さんへ預けました。共産党の吉良よし子事務所では、秘書さんがテーブルに招いてくださり、じっくり話を聞いてくださいました。

 10日の本会議の質疑では、自民党の木原稔官房長官が「男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重み」と答え、質問にたった自民党の小林鷹之氏(政調会長)は「2600年以上守り抜いた皇統の伝統」(赤字筆者)と、まったく荒唐無稽な、戦前の皇国史観を思わせる発言をしていました。日本女性史だけでなく、古代史研究、考古学研究が実証を重ね明らかにしてきた研究を歯牙にもかけず、自らが信じたい歴史認識でアクロバット的法案の成立を急ぐのは、自分たちがよって立つ根拠が歴史の検証に耐えられないことを薄々感じ、自信がないことの表れだと思います。本会議では、なんと、中道改革連合の小川代表は、質疑のなかで「言質が取れたから」という理由にもならない理由で賛成に回り、副代表の早稲田さんを含めて4人の議員は退席という選択をされました。

 何ともやりきれない気持ちですが、新聞を読んだ一般の方々から、「男系は日本の誇るべき伝統、と言われると、それでは守らねば―と思ってしまいがちだけど、歴史家の人たちが研究に基づいて発言されて、目から鱗でした」、「連日、男系男子…との、国会での男たちの大合唱に、もやもやしていましたので、はっきり性差別!と言ってくださり、大共感です」、「見事な切り口でしたね。できれば天皇制の是非まで踏み込みたい所でしょうが、戦略的に大正解だと思います」、「歴史家は研究だけしているのではなく、歴史が捻じ曲げられそうになった時、行動を起こさなければなりませんね」などの感想をいただいています。もちろん「女性天皇なら良い、と読めるので、わたしは賛成できません」というメールもいただいています。

 最後にジェンダー視点ならではの古代の女性天皇に関する位置づけに関して、義江さんの論を紹介しておきます。従来男性研究者が中心の古代天皇制研究では、女性天皇=「巫女」説や「中継ぎ」説が主流でした(今でも百地章氏は「中継ぎ説」です!)。が、義江さんは、研究者が持つ無自覚の「近代のジェンダー=女性は妻・母役割」というジェンダー・バイアスが、古代女性天皇の位置づけに持ち込まれた結果だと看破されました。たとえば、持統天皇は、天武天皇の喪がり中に先手を打って王権を奪取した女帝であること。また、7世紀後半の天智・天武の兄弟の父は舒明天皇、母は皇極(重祚して斉明天皇)なので、天智・天武は男系天皇であると同時に母を継いだ女系天皇であることなど。このような双系的継承の要素が古代には普通にありました。その後も中世、近世を通して、女性天皇が法的に禁止されたことはなく、平安時代末には暲子内親王(八条院)が天皇候補となっています。また、鎌倉時代末までは、男性天皇、女性天皇、幼帝それぞれの即位式の礼服が常備されていました。江戸時代にも二人の女性天皇が立てられています。
 平井の専門は、近現代史のなかで、権威から最も遠い、歴史の中で忘却され、烙印を押された女性たちでしたので、この度の王権・天皇制に関しては、女性史研究者の中で共有されている最低限の成果を知る程度です。しかし、今回、古代から中世、近世、近現代の女性史・ジェンダー史研究者が急遽集まって、「要望書」をまとめることができました。この一連のアクションを通して何とか歴史家としての責任の一端を果たすことができたのではないかと思っています。

 議論は参議院の場に移りました。7月16日にスピード採決のようですが、極端な歴史認識のまま数によって強行採決が行われないように、私たちみんなで監視していきたいものです。また、日本国憲法と象徴天皇制に関しては、今後も私たち主権者の問題として多角的に議論、考え続けていかねばならないと思っています。

   (「有志」代表 石月静恵・平井和子・横山百合子・義江明子)
   2026年7月14日

参考文献
古代に関しては:
義江明子『女帝の古代王権史』ちくま新書、2021年

近代の皇室典範の成立過程については:
早川紀代『近代天皇制国会とジェンダー』青木書店、1998年
加納実紀代『天皇制とジェンダー』インパクト出版会、2002年
鈴木裕子『天皇家の女たち』社会評論社、2019年

通史に関しては:
『性差(ジェンダー)の日本史』国立歴史民俗博物館、2020年
『新書版 性差(ジェンダー)の日本史』集英社インターナショナル、2021年
総合女性史研究会編『新・日本女性通史』朝日新聞出版、2010年 などを参照されたい。
 

要望書は https://wan.or.jp/article/show/12555 に掲載されています。

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