「要望書」
政府提出の皇室典範改正案を、日本女性史研究の学術的蓄積を踏まえたものに修正してください。
日本女性史・ジェンダー史研究者 有志
政府が6月30日に閣議決定した「皇族数確保のため」の皇室典範改正案に対して、多くの識者や関係者をはじめ、国民各層からから懸念、批判が報じられていますが、日本女性史・ジェンダー史研究が明らかにしてきた日本の権力者のジェンダーの在り方、特に古代における女性天皇輩出の背景に関する実証が抜け落ちています。ぜひ、歴史研究者に共有されている天皇の継承の在り方を踏まえたうえで多面的な議論をしていただきたく、「要望書」を提出いたします。
弥生時代から古墳時代前期4世紀頃までの首長墳には女性首長のものがかなりの割合で存在していることは周知の事実です。有名な弥生後期3世紀、豪族の合議で王となった卑弥呼は、広汎に存在した女性首長を象徴する存在です。その頃の倭(古代日本)について記した中国の歴史書『魏志倭人伝』には、政治的集会に「男女」全員が参加する様子が驚きを持って書かれています。古墳の人物埴輪にも男女が分担協力して政治や生活に当たっていた様子が確認されます。外交力や軍事力、統治能力にたけた男女が、豪族たちの合議によりリーダーに選ばれる社会だったのです。
転換は、7世紀末から8世紀初に中国に倣った律令国家が成立し、男系優先が公的に定まったからです。それでも女性を排除しない従来の継承の伝統は消えず、8世紀も含めて古代には8代6人の女性天皇が輩出し、またその後、女性天皇が立てられなくなった平安時代から中世においても、女性天皇の即位が禁止されたわけではありません。即位式の装束として、女帝装束も用意されていました。実際、平安時代の終りには女性天皇の候補に名前が挙がった人もいます(暲子内親王)。 近世には2代2人の女性天皇が誕生しました。
このような「日本の伝統」を踏まえず、明治時代に井上毅、伊藤博文らによって作成された皇室典範は、「神武以来の万世一系、男系男子」という史実に基づかない「新しい伝統」をつくりあげました。これは、帝国主義的近代国家をつくるために、欧米とは異なる日本の天皇制の長さを強調したいがための作為であったと理解されています。
現在、皇族に養子を迎えて「男系男子」による継承を主張する人々の中に「男系の皇室は2000年の独自の歴史文化伝統」とか「126代にわたって男系で皇統が継承されてきたことは世界に比類ない伝統」だという発信がありますが、そもそも2000年前に天皇は存在しませんし、日本女性史は、古代における天皇の継承には父母両方から受け継ぐ「双系制」が基盤にあったこと、また従来よく言われていたような「女性天皇=中継ぎ」論を排して、一族のなかでも尊敬され、実力をもった女性が合議で決められたことを明らかにしています。
ぜひ、日本女性史学が長年かけて実証し、多くの歴史家に共有されている事実を踏まえて、国民の理解に基づく象徴天皇制の在り方を慎重に、丁寧に考えていただきたく、ここに要望いたします。
2026年7月8日
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↓要望書提出の経緯がわかる記事は↓
◯女性史・ジェンダー史研究者(有志)で提出した「要望書」の趣旨とご報告 ◆平井和子(一橋大学ジェンダー社会科学研究センター客員研員)https://wan.or.jp/article/show/12553
↓ほかの女性団体からも批判や声明が上がっています↓
◯皇室制度のあり方や皇室典範審議〜女性団体から声明や批判の声〜 https://wan.or.jp/article/show/12542
メディア掲載記事:
【皇室典範改正案】女性作家や日本女性史の研究者らが反対を表明
日テレニュースNNN
2026年7月9日 16:52
https://news.ntv.co.jp/category/society/05739152465c402b92125cd732250ab1
皇室典範審議、女性史家から批判の声「男系継承は作られた伝統」
毎日新聞
2026/7/8 19:10(最終更新 7/8 19:15)
https://mainichi.jp/articles/20260708/k00/00m/040/297000c
皇室典範改正案に感じた「男女差別」 夫婦別姓反対論との「矛盾」も
ジェンダー研究者ら16人、野党議員に要望書を提出
朝日新聞 2026年7月9日
https://digital.asahi.com/articles/ASV782GVJV78UTIL00RM.html?iref=pc_ss_date_article









