「解放」を知らない、おとこたちのために

 濱口竜介が撮った『急に具合が悪くなる』(2026年)では、認知症になった男性がユマニチュードのケアを受ける過程で、独特の動きをみせる。家父長的な暴君としてふるまい続けてきた彼は、自分の息子から指弾されたり、介護者に親しく接せられたりすると、立ちがって所在なく歩きはじめる。これまでに知らなかったような、強い愛情を受け止めきれず、逃げまわっているようだった。
 その動きは、ほかの認知症の女性たちとは対照的だ。男性は、「あなたは大切な存在だ」とストレートにその人間性に触れられることに、耐えられないように思う。「男性であること」の桎梏の根ぶかさは、具体的な差別や侮蔑にいやおうなく直面する女性とちがい、みえないかたちで根ぶかいものなのかもしれない。
 この本は、『男性運動資料集成 第Ⅰ期 メンズリブ1991-2010』全10巻・別冊1という資料集の「別冊」である。日本の「男性運動」の草わけ的存在であるメンズネットワークが続けてきた、20年ほどの活動記録をすべて網羅している。別冊に収録されたこの『メンズネットワーク』の総目次からは、いまのLGBTQの展開につながるゲイのあり方、DVの加害者性、「男性」の更年期問題、家事労働での男性の役割など、現代を生きるおとこの孤立と所在なさがみえてくる。それは数十年前もいまも、まだまだ大きくはかわっていない。
 欧米のウーマンリブに影響を受けたとはいえ、まったく独自のコンテクストで沸き起こった、日本におけるこの「男性運動」の記録こそは、「家父長的な」皇室典範改正をのびのびとやってのけるこの国の「男性」と「女性」を考えるうえで、ぜひ参照してほしい。高額の資料集成はともかく、求めやすい価格の「別冊」だけでも手にしていただき、「『男らしさ』のステレオタイプ」(佐藤卓己)を乗り越えるための、みちびきの糸をみいだしてほしい。
 「男の解放は男自身にしかできない」(上野千鶴子)。そのためにまずは、自身が「解放されていない」ことに気づかねばならないだろう。

◆書誌データ
書名 :男性運動資料集成 第Ⅰ期 メンズリブ1991-2010
著者 :伊藤公雄・大山治彦・大束貢生・多賀太
頁数 :192頁
刊行日:2026年6月25日
出版社:不二出版
定価 :2200円