© Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

ドキュメンタリー映画「美しく、黙りなさい」

永野眞理
 
 本作は、デルフィーヌ・セリッグ監督、キャロル・ルッソプロス撮影・編集、イオアナ・ヴィーダー編集で、1975年と1976年に撮影された20時間分の未編集映像をもとに、1時間50分の作品として完成させたものである。1981年にはパリのスタジオ43で数週間上映された記録が残っている。
 50年も前に撮影されたものが、今なぜ私たちの目の前に現れたのか?監督のセリッグも創設者の一人(キャロル・ルッソプロス、イオアナ・ヴィーダー)であるボーヴォワール視聴覚センターが収蔵し、ボーヴォワール視聴覚センターとフランス国立図書館が主導した修復版で2023年2月にフランスで再公開されるや多数のメディアで絶賛され、「映画とジェンダーを語る歴史的な重要作だ」と大きな話題になった。それを、日本に持ち込んで下さった方がいらしたのだ。

 本作は、ジェンダー差別に声をあげ、活動した人でもあった伝説的女優デルフィーヌ・セリッグが自ら制作に着手した、映画とジェンダーを語る歴史的に重要な作品である。登場するのは、ハリウッドとパリで活躍する23人の女優たち。ジェーン・フォンダ、シャーリー・マクレーン、ジル・クレイバーグをはじめとする有名・無名の女優たち。正に、当時、映画界で活躍していた当事者たちである。そう、これは「当事者語りのドキュメンタリー」に他ならない。
 50年前、強固な男社会の中で女性が抱えさせられている疑問や違和感を彼らにぶつけることには大きなリスクがあった筈だ。それをものともせず、堂々と「否」を唱えた彼女たちは、紛れもなく勇気のヒトである。
 彼女たちに向かって、セリッグ監督は二つの質問をぶつける。
1.「もしあなたが男性だったとしても、この職業を選びましたか?」
2.「他の女優との友好的な場面を演じたことがありますか?」
 用意された質問は、監督自身が長いことがっぷり四つで葛藤してきた、シンプルだが的を射た質問。この二つの質問に触発された彼女たちは、それぞれが自分の経験から自由に、活き活きと語り始める。そして、語り続けるうちに自分の経験を再定義していく。監督によって引き出された語り、そこから浮かび上がり、透けて見えてくるのは、彼女たちが置かれた「映画界」の現実だ。
 彼女たちは仕事をする中で、置かれている場が圧倒的な男社会であることを知悉し、そこで自分が感じている疑問や違和感を解きほぐそうともがき、苦しみ、闘っていたのだ。50年も前に。
質問1.の答は「女優にはならなかった」が圧倒的に多い。映画業界で、女であるが故にどれだけ尊厳を貶められてきたか、男が妄想している「女のステレオタイプ」がいかに女の当事者性から乖離しているか、の告発と言えるだろう。彼女たちは、映画業界が鋳型にはめ込んでいる「女」を木っ端みじんにしたかったのだ。
質問2.の答も、「一度も無い」が殆ど。例外的に、ジェーン・フォンダが自ら出演した映画「ジュリア」について、「女同士の前向きな関係を演じるのは初めて」で「こういう関係性を演じることはわたしを自由にしてくれると感じた」と言及している。女性同士の友好的な関係・友情を描ける男性監督は、いなかった。そういう監督たちを、ジェーン・フォンダは「男らしさの犠牲者」とまで言っている。
 多くの女優たちの映画界への批判的なコメントの中で「おやっ?」と思ったのは、マリー・デュボアがフランソワ・トリュフォーについて語っていたことである。映画作りについて彼は「女が自ら手綱を握るべきだ。自分のために感じたこと、望むことを書くべきだ。女が生み出すべきなんだ」と。この一言で、私はトリュフォーを見直した。
 業界の男たちが鋳型に押し込めていた女たちは、それをぶち壊すために、そして当事者である自分が「女」を描くために、「映画を作る側に回らなければならない」と行動し始める。男社会である映画界に怒りを募らせた彼女たちは、怒りの頂点で、自分の居場所を守り、自分が納得いくように変えていくために作戦を変えたのだ。
 映画業界での差別・抑圧は、常に、彼女たちを「自分とは何者か?」「私が求めているのは何か?」という問いに駆り立てたのではないだろうか。23人へのインタビューで「私だけではない」を確信できたことは、何より彼女たちに自信と生きていく力(エネルギー)をもたらした。この映画は、シスターフッド、連帯のきっかけともなったに違いない。
 終盤でのエレン・バースティンの言葉。
「私たちは、素晴らしい瞬間にいる。自分たちのプログラムを変える時に、皆、参加してる。今は、地球の歴史上で、女性でいることの最高の瞬間。今の私は、男になりたくない。生命力が、私たちの手に渡ってきてるから。ずっと男性側にあったけど、私たちが掴みかけてる。」
 今から50年前、#MeTooから40年も前に、こう言ってくれた彼女にありったけの拍手喝采。今、この言葉を聞けることがどれほど私たちを励ましてくれるか。
 『美しく、黙りなさい』は、元々フランスの映画・演劇業界などで女性に対して使われていた、女らしさの呪縛を象徴する表現だと言われているが、23人の女優たちは決して黙らなかった。セリッグに、そして私たちに向けて、自分の言葉で語り続け、この映画を届けてくれた。

 上映後の上野千鶴子さんのお話も、力をくれた。 「やっぱりね。黙ってちゃいけないと思うんです。この人たちも黙らなかったから、黙らなかったから、これだけの変化が起きた。世の中、変わったところもあるし変わらないところがある。でもね、変わったねって言わないで欲しい。誰かが変えたんです。誰かが変えたんです。このお姉さんたちが。勝手に変わるわけじゃなくて。誰かが変わる・変えるためには、やっぱり黙らないで、居続けないと変わらない。黙らないでくださいっていうのが、この映画のタイトルの最大のメッセージじゃないですか。この映画を見つけて、日本に持ってきた武井さんが、やっぱり変える人の一人なんです」
(参考:映画パンフレット「美しく、黙りなさい」)
映画「美しく、黙りなさい」は7月24日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国公開 https://moviola.jp/sbett/