金子文子像の輪郭を豊かにする文学的アプローチ

 100年前の1926年7月23日、宇都宮刑務所栃木支所にて、金子文子が23歳でこの世を去りました。関東大震災直後の1923年9月3日に保護検束というかたちで自由を奪われてから、約3年の月日を警察署と刑務所で過ごしたのちのことでした。
 金子文子の濃密な生の軌跡は、手記(『何が私をこうさせたか』)、尋問調書、書簡など、文子自身が遺した言葉から100年後のいまも窺い知ることができます。森まゆみさん、ブレイディみかこさん、高島鈴さんらが深い敬愛、共鳴とともに金子文子を取り上げてきました。没後100年に当たる2026年には、映画『金子文子 何が私をこうさせたか』(浜野佐知監督/山﨑邦紀脚本)も公開され、金子文子への関心はさらに高まりを見せています。

 この流れに連なり、金子文子研究に新たな角度から一石を投じる大田美和著『金子文子 獄中のうた――アナーカ・フェミニストの短歌を文学テキストとして読む』が刊行されました。中心的には取り上げられてこなかった金子文子が詠んだ短歌に焦点を当て、歌人である著者がテキストの異同、当時の社会風俗、歴史的事象、同志らとの交友関係の検証などとともに丹念に読み解いていく書籍です。
 金子文子が詠んだ短歌には、その当時の思想が端的に表れているものも見られます。たとえば、当時のベストセラー作家・賀川豊彦への拒絶感とともに記された「ころころと蹴りつ蹴られつ地球をば、/揚子の水に沈めたく思ふ。」には虚無主義者としての姿が明確に表れています。著者は賀川の政治的姿勢に触れたうえで、「ニヒリスティックな笑いの陰に天皇制国家に対する嫌悪あるいは憎悪を隠しているとみなすこともできる」と読み解いていきます。
本書の文学的アプローチがもたらす興味深い点は、金子文子の思想の豊かさ、重層性を浮かび上がらせることにあるのではないかと思います。虚無主義、のち個人主義的無政府主義をとる金子文子が詠んだ短歌のなかには、他者への温かなまなざし、他者への豊かな想像力が表れたものも含まれています。

  塩からきめざしあぶるよ/女看守のくらしもさして/楽にはあらまじ
  人力車梶棒握る老車夫の/喘ぎも険し/夏の坂道

 短歌を鑑賞していくことにより、家父長制社会、資本主義社会と鋭く対峙し、「国家に対して一人立つ」(鶴見俊輔)反逆の闘士としての姿のほかにも、「文子自身の心の揺れや、死刑判決の可能性を目の前にした生身の人間としての葛藤」を読み取ることができます。ぜひ、「過酷な経験の中にも豊かな人間性を育み、それを失うことのなかった文子の魅力」を本書を通じて発見していただければと思います。

 金子文子をアナーカ・フェミニストの系譜に位置づけた高島鈴さんに倣い、著者も「ジェンダー化された教育制度や監獄制度や思想運動に最後まで抵抗し続けた金子文子の短歌を、アナーカ・フェミニストの短歌と呼ぶことは、最近までフェミニズムが忌避されてきた日本社会において、意味のないことではない」と述べます。「現に在るものをぶち壊すこと」を自身の職業とし、「今の妾〔わたし〕が求めてゐるものは、男ではない。女ではない。人間ばかりである」と述べ、人間の平等を希求した金子文子の真摯な姿勢は、社会的な公正を求める人たちに力を与えるものであり、その意味において金子文子の革命は現在も継続しているといえるのではないかと思います。
 「大逆事件の朴烈と獄中結婚した女性」としてしか金子文子についての知識を持っていなかった私は、本書を通じて、この「稀代の革命家にして歌人」(高島鈴さんの帯文より)に出会い、誠実なことばを発する生身の人として知ることができました。
 100年前の息詰まる時代を真摯に駆け抜けた、金子文子という一人の先達に、私と同様、新たに出会う読者の方が増えることを願っています。


◆書誌データ
書名 :金子文子 獄中のうた――アナーカ・フェミニストの短歌を文学テキストとして読む
著者 :大田美和
頁数 :328頁
刊行日:2026/7/20
出版社:明石書店
定価 :3520円(税込)