この8月、私たちは、すばらしい女性ふたりを失いました。映画俳優で作家の岸恵子さんと前衛芸術家の草間彌生さん、どちらもすごい生き方をし、大きな業績を残して93歳と97歳で亡くなりました。

 岸さんは、あの数寄屋橋を聖地にし、日本中をはらはらさせ、日本中がその幸せな邂逅を願った『君の名は』で大スターになりました。以後実力派俳優として多くの映画に出演しましたが、その絶頂期にフランス人イブ・シャンピ監督と出会ってフランスへ飛び立ちました。そこで、ジャン・コクトーやサルトル、イブ・モンタンらと交流を深め、また1968年当時のパリの5月革命の若者たちの行動を目の当たりにして、自由や正義の実現に身を寄せるようになり、のちの国連人口基金親善大使として途上国支援にも携わるのにつながります。

 晩年にはベストセラーになる小説も書いて、多彩ぶりを発揮し続けました。シャンピ監督とは離婚に終わりましたが、自分の思うとおりに生きようと思った背景には戦争体験があったといいます。1945年5月の横浜大空襲です。爆弾を受けて燃える家、防空壕で亡くなった多くの人、それを見て「自分の思うとおりに生きようと決めた」と言っていたそうです。思うとおりに生きて、「差別とか、女や子どもが痛めつけられるとか…。そんなこと私我慢できないんです」とインタビューにこたえていました。映画に出演するときも「男にこびたり、権力にひかれたりする役を演じたくなかった」と言い切っています。

 岸恵子と言えば「君の名は」や「雪国」など、美しい女性を演じた華やかな俳優とは誰でも知っていますが、その奥に自立した女性として信念と思想が太く貫いていたことについては、その華やかさの陰で少し薄れ気味であるのがとても残念な気がします。

 草間彌生さんは、今ではどこの美術館でも競って作品を購入するようになった、おしもおされもせぬ大前衛芸術家です。でも、若いときは幻視・幻聴の心の病で苦しみ、その孤独感と闘うために絵筆を握ったといいます。27歳で好機に恵まれてニューヨークへ飛んだことで、草間さんの人生が開けます。そこでジョージア・オキーフら著名な美術家と交流し、ベトナム戦争で反戦運動に加わり、路上で体に水玉模様をえがくパフォーマンスを通じて次第に認められるようになりました。アメリカだったからこそ、草間さんの大胆で新鮮なパフォーマンスが実践でき、また受け入れられたのでしょう。常識の枠を超えたさまざまな実験が評価されて、草間さんを世界の草間さんに作り上げました。帰国後は世界の絶賛を背景に、国内でも名声が上がり、たびたび個展も開かれ、各地に大きなオブジェも展示されるようになり、ついには文化勲章受章に至りました。

 世間の意表を突く真っ赤な髪をトレードマークに、「反戦や反権力という意識も徹底していた」(信濃毎日新聞2026/8/28)女性でした。

 ふたりとも、自分の思いどおりにやるという意志の強さと、反戦の思い、自分を縛るものへの反発など共通点はたくさんあります。

 なかでも、ふたりの人生を大きく左右したのが外国体験だという共通点があります。岸さんはフランス、草間さんはアメリカという外国体験です。外国に住んで、いろいろ違うことを学び、外国のその道のエキスパートたちと交じり合い、おそらくはことばのハンデにも悩みながら、ここで引き下がってはおしまいという背水の陣の緊張感を持ち続け、切磋琢磨し合った日々がおふたりの後の人生を大きく変えたに違いありません。

 唐突のようですが、いまの高市内閣の外国人制限政策に思い当たります。まさに逆を行こうとしていると思うからです。外国人の滞在や営業活動を制限し、外国人の日本での活躍の場を狭めようとしているやり方をみると、このふたりの女性を育てた環境と全く違う道を行こうとしているように見えてきます。

 この卓越したふたりの女性の人生を変えたのが、国内ではなく外国だったということは、国内だけ見ていたのでは人は育たないということです。いまさら言うまでもないことです。でも外国との交流を狭めようとしているのが現政府です。

 外へ目を向けるということは、外国へ行ってそこに住むということだけではありません。誰でも外国に行けるわけでもありませんし。国内にいても外国から来てくれる多種多様な考えの人々との交流によって、目覚めることはたくさんあります。一緒に働くことで、今まで全く思いもよらなかった自分とは別の発想や知恵を得ることが山ほどあります。外国へ行って学ぶのでもいい、外国から来た人から学ぶのでもいい、要するにガイコクガイコクと言わなくてもすむような互いの交流を自然な流れにすることです。世の中にはほんとうにいろんな人がいる、いい人もいるし悪い人もいる、まっすぐに考える人も、少し斜めに考える人もいる、そういう生き方も考え方も価値観も様々な人がいることを知る中で人は育っていきます。地理的な国境はあっても、人の心に国境を作らないことです。

 外国人を受け入れない政策は人の心の国境をも高く厳しくします。そういう中で第二第三の岸さん、草間さんは生まれません。

 高市さんは考え直してほしいです。