第4期WANフェミニズム入門塾>第1回目の講座が2026年9月17日(木)に開催されました。
今回のテーマは「リブとフェミニズム」、3名の受講者がそれぞれの学びや気づきをレポートにまとめました。

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①私の中の矛盾は、何なのか? ~田中由美子~

(1)家族って何だろう
 私は、15年前、50歳から、国語塾で、中学生たちが互いの作文を読み合って話し合う授業に携わっている。40代までをほぼ専業主婦として生きて、いよいよ自分の人生のその先を見失うに至った後の第二ラウンドである。当塾は、思春期の中高生のまずは親からの「自立」を教育目標としているが、難題である。家の外でも働く母親は増えても、「父親不在」の家庭状況は変わらず、旧態依然とした学校や中学受験塾と一体になった過保護過干渉はますます強まっているように思われる。また、生徒は、親がその親から自立ができていないことによって、自立がより一層難しくなっていたりもする。彼らが、親の精神的な「ヤングケアラー」だと感じることも多々ある。そうした家庭や学校の問題がリアルに見えるようになる中で、私自身の生き方や自立の問題も浮かび上がってきた15年間だった。また、その間、私の実家の親子や夫婦、姉妹関係の問題にも直面してきた。ここから人生最後の仕事として取り組みたいのは、家族とは何かというテーマである。家族は、そこで人間が生まれて育まれる、社会の土台でありながら、一般社会とは異なる、閉じた、半ば無法地帯である。教育虐待は珍しくない。また、母が父の遺言を書き換えても、行政や法律家によってさえ人権侵害だとは認められにくく、ほとほと困った。家族と直結する、女であることについても、『新編 日本のフェミニズム』を買ってみたり、『主婦論争を読む』をもとに話し合う学習会を行ってみたりもした。しかし、女、があまりに自分自身のことだからなのか、その学習を進められないできた。そうして15年が経って、今春、この入門塾に出会った。

(2)初回講座の感想、反省
 初回の予習のための上野さんの動画で、第二派フェミニズム運動が、当初から、女が自らを解放しようとして自らと闘う運動だったという話に感動した。「私を縛るのは私、敵は私の中にある、私が私を解放するには?」が第二派フェミニズムの問いだったということに。『新編 日本のフェミニズム1 リブとフェミニズム』に取り上げられている文章の、女たち自身の深い葛藤にも驚いた。自分の醜さ、「奴隷根性」を自分自身にどこまでも突き付ける。上野さんが「日本のリブ」に引用しているS・Oさんの言葉も、たんに抑圧された者、被害者としてのものではなく、むしろ、自ら参加した新左翼運動の中の大矛盾への失望があるからこそ、自身に対しても容赦がない。しかし、初回の講座は、正直なところ、自分自身を問おうという厳しさよりも、同調的、ぬるま湯的なものを感じて拍子抜けした。ただし、そう思うのなら、私が一参加者として動いてみなければならないのに、全体会ではおろおろして発言すらできなかった。上野さんは、女が「つるむ」ということのほんとうの意味は、決して仲良しグループをつくることではなく、共に成し遂げたいことがあって乗り越えていくときに、互いにぶつかって互いの味がわかっていくような関係だとコメントされた。問題の解決に向けて闘う中で、そうした確かな関係を築き続けてこられたのだと思った。私もそうした人間関係を目指したい。初回は地ならしとして、次回からは、問題の本質に迫っていけるようにできるだけのことをしたい。

(3)「便所からの解放」への二つの思い
 初回講座の中で、上野さんから田中美津さんの「便所からの解放」の感想を求められたが、その場ですぐには話せなかった。不勉強で、彼女の文章がよく理解できたとはとても言えないが、ここに感想を述べる。まず、田中美津さんがとことん葛藤する文章に心を打たれる。「わかってもらおうと思うは乞食の心」という考えも、これだけの激しい葛藤と、自立への渇望があってのものだったことを今回やっと知った。しかし一方で、「便所からの解放」も「わかってもらおうと思うは乞食の心」も、性や性関係をあまりに重く見て、それが中心になっているように思われて、私の意識との隔たりも感じる。そのことをたんに、性解放の思想が席巻し、また、公然と男女差別のあった50年以上前との隔たりということにはしてしまえないだろう。1981年の就職の際に、大卒の男女で初任給に差があることに私自身も直面した。150年近くも前のエンゲルスに依拠しているからでもないのだろう。 私が「率直に自分を見つめることのできる〈女〉」でないからだろうか。「女と子供を男に依存させる経済構造を根底に」は、わかる。私の家庭も含めて、今も大方の家庭はその通りだ。そのことによる男女の「隷属関係」の問題が大きいのも、よくわかる。しかし、その経済構造を根底にした結婚が「女にとってだけの一夫一婦制」だから、「性を汚い、卑しい、恥ずかしいものに貶し込める意識構造」をつくったということにはうなずけない。歴史的なこととして、またそういうこともあるという理解はできても、私自身にその意識構造の実感がない。「バージンという私有財産」もわからない。「性否定」ではなく、性関係を二人だけの閉じた関係のなかに望む思いに、問題があるようにも思えない。 たしかに、私が結婚した意味の中に、この体制の中の、その制度の中の妻という座に、社会的、経済的地位を確保し、それを自分に突きつけもしなかったという悪はあった。 しかし、自分のその奴隷性に無自覚なままだった長い年月、夫との非対等性に対してなすすべもないという形で、それは自分にちゃんと返ってきた。そういう中でしか子育てもできなかった。気づいてからは、日々闘いである。妻の座のほんとうの意味での安全なんてないし、夫にとってもそんな安全はないというのが、デコボコの40年間の結婚生活を経た私の実感である。その私の思いは、マルクスの、妻が夫にとっての生産手段でしかないという見方への思いと同様である。マルクスの批判は、問題の核心を突くものだとは思う。しかし他方で、それが男の側からの一面的な見方でしかないようにも思われるのだ。そうした男は、また男のそうした面は、実際の生活の中でひたひたと揺さぶりを受け続けなければならない。その対決を通して女もまた揺さぶられ続ける。そうしたことが、わざわざ結婚生活をする意味ではないだろうか。その対決がやれなかったのが、私の40代までだった。 しかし他方で、やはり性の違いや問題は大きいとも思う。私のこの矛盾は何なのだろうか。

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②~小谷浩二~

 「女性を軽蔑する男性より女性に軽蔑される男性のほうが野蛮だ」
ある本にかいてあったことばです。男性は女性に軽蔑されるようなことをさんざんしてきたと思います。女性を「母性」か「便所」かの単純かつ幼稚な考え。女性を一人に人間として見ない考え。男性から女性へのDV。女性は男性の所有物ではありません。男性優位社会での女性排除の制度設計など。女性の主体性の否定や意思決定の場からの排除。自民党が嫌う、市民、平等、解放。すべて今に時代に必要なものです。すべてのひとが、市民として考え、歴史の上からすべての人間が平等であると証明されていること、人間の解放。そこに希望がある。今の停滞した日本がアップデートする可能性がある。解決策は教育しかない。人間を一人の人間として否定してきた教育との訣別がいる。ひとりひとりをかけがえのないひとりの人間とする転換が必要である。この世にいらない人間はいない。

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③リブとフェミニズムと女性学 ~MN~

 第一回WANフェミニズム入門塾「リブとフェミニズム」の講義を受けて、リブとは何か、リブがフェミニズムに果たした役割、そして誕生した女性学という新しい学問について学ぶことができた。リブが男女の平等を求めた運動ではなく、女の解放を求めた運動であった事、自分が自分を解放する運動であった事は、フェミニストを名乗りたい私にとって再確認すべき事であった。

(1)リブの誕生
 リブには誕生日があるという。1970年10月21日、国際反戦デーで無名のチラシ「便所からの解放」がまかれた日である。チラシを書いたのは、田中美津。便所とは、性の対象としての女をさす蔑称である。学生運動の闘志と戦争中の皇軍兵士とが、同じ言葉で女を分断していたという。戦争という悲劇を経験してもなお変わらない男の思考のクズさを明らかにしたのではないか。田中はNHKのインタビューで「優しさと、優しさの肉体的な表現としてのセックスを併せ持つ女なんですよ、それが『ここにいる女』なんだよっていうことを世の中にあきらかにする」ことは、当時とても大変だったと回想している。上野千鶴子は、新編日本のフェミニズムの中で、「『便所からの解放』といういささか刺激的な言葉で田中が言い表そうとしたのは、『主婦』と『娼婦』に分断された『女』の全体性を、その性を含めて回復したいという欲求だった。女の解放が性の解放であることをはっきり位置付けた点で、リブはそれ以前の女性運動と一線を画していた」と述べている。

(2)リブとフェミニズム
 リブとフェミニズムの関係をどう捉えたら良いのか、リブとフェミニズムは対立するものなのか。そもそもそこにあまり囚われる必要はないのか? 1970年前半をリブ、75年国際婦人年以降をフェミニズムと呼ぶ用語法があるという。また日本の第一波フェミニズムとして青踏の新しい女たちの運動が有り、世界的な第二波フェミニズムの中に日本のリブを位置付ける考えがある。上野は、「リブからフェミニズムへ、言葉は分節化したかもしれないが、決して段階論的に進歩したり、発展したりしたわけではない。リブのことばは、多義的で両義性をはらんでいるが、決して未熟ではなかった。思想はそれがはらまれたときー私はあえて『懐胎』という表現を使いたいーちょうど胎児のように、すでにすべてを含んでいる。わたしたちに必要なのは、それを受けとり、育てる力である」と述べている。また、日本のフェミニズムが世界史的な同時多発的に発生し誰の借り物ではなく独自の展開を遂げて来た事、その蓄積は世界に向けて誇れるものであると語っている。

(3)女性学
 1970年後半、リブとフェミニズムが生まれたおかげで女性学が生まれた。 それまでは社会問題論の一分野、社会の病理の問題を扱う分野の一つとして、「婦人問題論」という分野があった。婦人問題とは、問題婦人ーつまり売春婦の更生や母子家庭の問題等を扱う傾向があった。それに対して「女性学」は、最初から社会が自明とする女の在り方を疑う学問であったという。また、女性学は新しい言葉を探すアカデミアであった。セクシャルハラスメント、性暴力。女が個人的問題、あるいは自分のせいだと耐えて来たことに名前がつけられ、社会の側の問題であった事が明らかになった。家事労働を不払い労働と明らかにした上野の「理論と経験にギャップがあるならば、間違っているのは理論である」という説明は、私達を勇気づける。女性学は、女の経験を言語化し理論化する、ジェンダーの視点で学問の複眼化を図っている。

(4)自分にとってのリブとフェミニズム
 1970年。すでに私は生まれていた。精神的に不安定な母は、いつも女の不幸を語っていた。実際母から耳にする女の話はどれも悲惨なものだった。20代になると、女は結婚する相手によって人生が決まると言われ、私はその話を疑いながら同時に恐れた。日本にはすでにリブが生まれていたのにそこに辿り着くことはしなかった。1985年、男女雇用機会均等法が成立したが、当時の私にとっては男並みの労働を求められている、という認識しか持てなかった。私は、常に選ばれなくてはいけない存在で、自分に選択権があることに気づけなかった。正確には、それに伴う痛みから逃げたのだと思う。WANの塾生の年代は幅広く、若い人は、私が生きて来た時代とは異なる社会を生きている。それでも、性を値踏みする男は後を絶たないしその事で女は罰せられ、エリート検事は「これでお前も俺の女になった」と罪を犯しながら嘯く。仕事と家事で疲れ切った母親、ルッキズムに傷つく少女たち。やっぱり、女は今も生きづらいと思う。かけがえのない、でも大したことのない自分を知って、幸せだったと人生を終えたい。そのためにフェミニズムは欠かせない。

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◆関連サイト
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