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映画評:二つの「ココ・シャネル」  中西豊子

2009.09.23 Wed

 一世を風靡したセクシー女優マリリン・モンローが、記者の質問に答えて言った言葉が、当時世界中を駆け抜けた。「何を着て寝るかですって?シャネルのNo.5よ!」既に香水の代名詞になっていたシャネルだからこそ通じたこの洒落だが、まだシャネルなど縁遠い国だった日本でも報道され、私もその名を覚えたものだった。私は今もブランド物には全くご縁がないのだが、このエピソードはなぜか印象に残っている。 この「シャネル」という世界的ブランドを産みだした女性、ココ・シャネルの生涯は、実にドラマティックだ。孤児院で過ごした少女期、そして“高貴な愛人生活”と後に酷評された青春期、シャネル事業の躍進、第2次世界大戦後の空白の時期後のコレクションの失敗と成功、87歳で生涯を閉じるまで世界のファッション業界に圧倒的な位置を占めた。これだけでも映画人なら描いてみたくなるだろう。事実、伝記は40種も出版され、何度か映画化されたという。驚いたことに8月から9月にかけて日本で2本のココ・シャネル伝記映画が上映された。この2本の映画は、どちらもそれぞれ興味深い映画になっている。それにしても同じ人の伝記映画がほぼ同じ時に封切られるなんて!

 私には、シャーリー・マックレーンが70歳のココを演じているイタリア・フランス・アメリカの合作映画(2008年作品)「ココ・シャネル」の方が、よりココの本質を描けていると思えた。クリスチャン・デュゲイ監督で、若き日のココをバルボラ・ボブローヴァが演じている。彼女はイタリアで活躍している実力派の女優。ココの誇り高く自由を愛する気性をよく表現していた。勿論マックレーンは、晩年のココの頑固なまでの意志を表現して力強さは抜群だ。

 子供時代、裁縫で生活を支えていた母が亡くなり、父は残された姉妹を孤児院に預けて、結局迎えに来なかった。ココは孤児院を出ると、洋装店のお針子になる。貧しさの中でも自分を失わず、服に対して厳しいセンスの持ち主だ。夜はナイトクラブで歌っていたが、聡明で自分の意見をはっきり言う彼女に、興味を惹かれた裕福な貴族のバルザンが言い寄る。彼女は迷った挙句に彼の屋敷へ行く。夢のような贅沢な生活の中で、彼女は何でも吸収するが、彼との関係に誇りを傷つけられる日々だ。結局、決して家族として受け入れて貰えないと屋敷を出る。
 
 生涯の恋人となるイギリス人カペルとの出会い、彼の出資で店を出して成功への糸口をつかむココ。だがカペルの求婚にも「私が自立してから」と言う。この時代、こんなセリフが言えた女性はそうないだろう。第1次世界大戦がはじまり、ココは、男たちが楽な服装で仕事をしているのを見て、ジャージーを使った着易く、動きやすい婦人服を考案し、大ヒットする。
 
 それまでの女性たちは、窮屈なコルセットで体を締め付けて、飾り立てた服を着ていたが、ココは生活の中からヒントを得たシンプルな服を考案したのだ。彼女の成功の陰には、第1次世界大戦で意識が変わったこと、働く女性が増えたことなど、ニーズに敏感なセンスがあったと思う。彼女はジャージーの服、シンプルな黒いドレス、ツイードのスーツ・乗馬服など、女性の服の常識を大転換させた。

 それにしても脚本がよくできた映画だと思った。この映画では19世紀末から1950年代までのフアッションも楽しめる。

 今、公開中の「ココ・アヴァン・シャネル」の方は、フランス映画(2009年作品)。監督は女性のアンヌ・フォンテーヌ。主演のオドレイ・トトゥは、細く小柄で目力が強い女優で、本物のココにより近い印象だ。当然ながら言葉もフランス語で風景とよく似合う。

 こちらは、若き日のココに焦点をあてる。貴族の愛人としての関係に悩むココ。当時の大仰な飾りやフリル、すその長いスカートの向うを張って、男性用のスーツやパンツを取り入れ、自信と誇りを持って着て歩く、理性と感性のあふれたそんな彼女を心から愛した生涯の恋人カペル。この映画では、バルザンとカペル、2人の男性との愛が主題になっている。だからというか、私には少し物足りない気がした。しかしこのカペル役の男優、儲け役ではあるけれどなかなかいい男だったなあ。

タグ:映画 / 中西豊子

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