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映画評『レオニー』  上野千鶴子

2010.09.22 Wed

超正統派「女の一生」映画。それも野口英世、じゃなかったノグチ・イサムという天才の母ものだ。これだけ聞くと辟易するが、でも一見の価値はある。 「折り梅」の松井久子監督が六年の歳月と執念をかけて実現した畢生の日米合作映画。ロケも衣裳も細部もすばらしい。20世紀初頭の日本とアメリカが実感で きる。

何より、主役のレオニー・ギルモアを演じたイギリスの俳優、エミリー・モーティマーがすばらしい。10代から60近くの老け役まで、知性、愛情、絶 望、独立心など、この個性的なキャラクターを豊かな表情の変化で演じぬく。このひとにアカデミー賞主演女優賞をあげたいくらい。

アメリカの名門女子大、ブリンマー大学を卒業したレオニーは、ニューヨークで日本の詩人、ヨネこと野口米次郎の英文編集者となる。日露戦争開戦で黄 禍攻撃をおそれたヨネは、彼女の妊娠を知りながら日本に逃げ帰る。これだけでもヨネの小心さと卑劣さとは想像できる。中村獅童が自惚れ屋の軽薄な日本男児 を演じている。彼女は日米混血児の「未婚の母」になるが、息子がいじめに遭うのを見て、ヨネの誘いに乗って日本に行くことを決意する。ひたすら男を頼って の渡航だと思ったらまちがい。ことばも話せない外国へ、子連れで乗り込むのは、無謀で大胆、勇気ある選択だ。

日本で再会したヨネはよそよそしい。住まいと仕事をあてがわれるが、ヨネに妻子がいることを知ったレオニーは毅然として家を出て行く。その過程でも うひとり父親のわからない子どもを産む。ブリンマー大学の同窓生が津田梅子だ。良家の子女を預かる名門女子大の責任者として、梅子はレオニーの猟職をやん わり断る。

外国人で、父親違いの二児の未婚の母、それも「あいの子」と呼ばれてアメリカでも日本でも差別の対象だ。彼女は子どもたちを守り抜く「闘う家長」に なる。ふたりの子どもを育て上げた彼女は、自然の中のひとり暮らしを選ぶ。まれにいるのだ、こういう凛々しく独立心の強いアメリカ女性が。ほれぼれするほ どカッコいい。

こんなカッコいい女が、なんでヨネのようなどこにでもいるようなつまらない男にひっかかったのか、だって?この映画を日米対決にしてはならない。こ こから汲みとるべき教訓はこれだ…いつの時代も、どこの社会でも、男は女の愛に値しない。なぜなら女の愛のほうがずっと深いから。夫への愛は報われな いけど、息子への愛は報われるって?とも限らないけど、ねえ。

(クロワッサンプレミアム 2010年11月号初出)
映画『レオニー』公式サイトURL

http://www.leoniethemovie.com/

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:上野千鶴子 / 英語