高市早苗氏が「初の女性首相」に就任してから、ザワザワした感覚が消え去らない。ジェンダー平等に否定的で、選択的夫婦別姓も同性婚にも反対し、軍事増強と労働者いじめを厭わない女性が首相に就いたことを、どう受け止めればいいのか。私を含め、いつか日本でも女性首相が誕生してほしいと思っていた人にとって、なんで第一号がよりによって高市氏なのかと、敗北感、怒り、苛立ちが混じり合いながら、古傷が抉られるような痛みを感じずにいられないのではないだろうか。

「フェミニストは女性首相を喜ばないのか?」という反応も苛立ちを強める一因だ。フェミ叩きの右派が言うのはお馴染みの論法だが、素朴にそう思っている女性が少なくないようで、内閣支持率の高さがそれを裏書きする。

もっとも、WAN読者からすると、「フェミニストは高市首相を歓迎しない」が当然であろう。それを最も雄弁に語るのは上野千鶴子の論考だ(①)。岡野八代も同様に、高市首相誕生がフェミニストにとって地獄であることを鋭く指摘する(②)。むしろ問うべきは、フェミニストなのに高市首相を歓迎するのはなぜなのか、だろう。女性からの高支持率はフェミニストに疎外感を抱かせるに十分だ。

極右政党が女性党首を戴くことはもはや珍しくなく、フェミニズムが大衆化した社会では、フェミニズムの主張の一部が利用/濫用され、排外主義的な主張を正当化することに使われている。もっとも、高市首相もその類型かというと、若干の留保が必要になってくる。

第一に、良くも悪くも、フェミニズムの大衆化、あるいはジェンダー平等の前進、という意味で、日本は見るべき成果がない。右派がフェミニズム言説を利用価値ありと思うほどにも至っていないのだ。せいぜい、女性活躍の旗印がそれなりに浸透した程度である。

第二に、高市政権から繰り出される「外国人政策」や排外感情を煽りかねない言動は、今のところ「女性」とは切り離されている。ヨーロッパではイスラーム男性を他者化し、女性の権利を擁護する立場から、排外主義的主張を正当化する「フェモナショナリズム」現象が起きている。日本ではフェミニズムのコーティングを纏う状況にはまだなっていない(三浦③)。ただ、外国人による買春が取り沙汰されてくると、「日本女性を守る」という論法が世論を一気に席巻し、厳罰化と排外主義が手を結ぶ可能性はあることに、警戒が必要だ。

第三に、高市人気を支えている一因は、強さや威勢の良さと同時に、適度にフェミニンであることのように思われる。リベラル勢力や中国などの敵視する相手には「強さ」を見せ、アメリカなどの味方向けには満面の笑顔で「可愛らしさ」を演出することで、右派だけではなく、女性からの支持を獲得しているのではないだろうか。日本のアメリカへの一層の従属性も、首相が女性であることで、むしろノーマライズする効果を持ってしまったようだ。

つまりは、高市首相は日本の政治文脈における右派女性として、その女性性を存分に活用している存在なのだ。女性であることは、プラスにもマイナスにも作用するが、彼女は女性性を上手に味方につけることに成功しており、その手腕が一部女性にとっては「憧れ」を作り出し、高評価につながっているのではないだろうか。高市流の振る舞いと高支持率は、男社会での「悔しさ」を経験してきた女性にとって、ある種溜飲を下げる効果を持っているかのようだ。

もっとも、その高支持率がもたらす政策は女性たちを一層追い込み、生きづらくするものである。こうして考えると、注視すべきなのは、高市首相が女性であることで何を不可視化するのか、そのウォッシュ効果である。論点ずらしと言ってもいい。「サナ活」ならぬ「サナ消(ケシ)」がこの政権の核心だからだ。そもそも高市氏が自民党総裁に選出された理由が、サナ消だった。カネと政治問題で2回の選挙を負けた自民党が、その問題から世間の目を逸らせ、自民党が取り逃がした右派票を取り戻すために、あえて右派女性をトップに据えた。実際、サナ消を期待された首相はその使命を見事に果たしている。今後、医療費削減、労働時間規制緩和、原発推進、お米券配布など、不人気な政策が繰り出され、首相自身含めて金銭スキャンダルが取り沙汰されていることを踏まえると、それらを忘れさせるようなネタが補給され続けるに違いない。ウォッシュ効果が消えた時は、政権が潰える時だからだ。

フェミニストとしては、ジェンダー案件にもまたサナ消が仕掛けられていることに抗う必要がある。選択的夫婦別姓を求める声には通称使用拡大でウォッシュ、LGBT関連の政策要求には買春規制強化でウォッシュと、運動を分断させる戦略がとられるだろう。フェミニズムが常に複数形のフェミニズムズであることを意識しつつ、共有できるコアが何なのかの議論を一層深める時に来ている。

① 上野千鶴子「フェミニストが高市を歓迎できないこれだけの理由」『世界』2026年1月号

世界2026年1月号[雑誌]

著者:岩波書店『世界』編集部

岩波書店( 2025/12/08 )

② 岡野八代「フェミニズムは何と闘っているのかーー女性初の内閣総理大臣誕生の文脈」『世界』2025年12月号

世界 2025年12月号

著者:『世界』編集部

岩波書店( 2025/11/08 )

③ 三浦まり「高市早苗首相とフェモナショナリズム」I女の新聞(近刊)

WAN編集局付記: WANでは特集企画として、高市首相の誕生を多角的に論じる論考を集めることにした。関連エッセイを適宜掲載していきたい。