2011.10.26 Wed
秋の気配のただよう10月2日、大阪大学で第2回やおい/BLシンポジウム『JUNE小説を書く女性たち「中島梓の小説道場」の時代』がひらかれました。第1回目と同様、会場は満席で来場者の年齢層の幅広さにはやおい/BLの文化としての豊かさを感じずにはいられません。
今回のシンポジウムは1980年代に中島梓が『JUNE』誌で連載した「中島梓の小説道場」にスポットをあて、JUNE小説を書くことが書き手である女性たちにとってどのような意味を持ちえたのかが考察されていました。この「中島梓の小説道場」とは、評論家でもあり小説家でもある栗本薫=中島梓が『JUNE』誌において投稿小説を批評する人気コーナーであり、ここから江森備、尾鮭あさみ、石原郁子、秋月こお、鹿住槇、須和雪里、佐々木禎子、柏枝真郷、榎田尤利ら人気BL作家が多数輩出されました。
やおい/BLを歴史的に研究している西原麻里さんの発表によれば、中島梓はその著書や論考においてJUNE小説を自己セラピーとしてとらえており、現代社会を生き抜くために書き、書くことによって傷を癒していくものだと考えていました。そしていずれは、卒業していくものだともとらえていました。「小説道場」とは、多くの女性たちが、男性同士という方法論を得て恋愛やエロスを描き自己を表現していく場であり、単なるプロ作家養成の場ではなかったのです。
『密やかな教育―〈やおい・ボーイズラブ〉前史』を著書に持つ石田美紀さんの発表によると、栗本薫=中島梓は小説『ぼくらの時代』において、栗本薫という作者と限りなく近い、唯一性別の違う主人公を登場させています。書き言葉の中では自分の性別すら偽れてしまうというこの物語の力こそ栗本薫=中島梓が小説道場に込めたものであり、小説道場の表現の多様性と官能性の源となりました。発表では小説道場出身の小説家で映画批評家でもある石原郁子の投稿作の、攻めと受けに分化されない主格未分化の性愛表現や、他者に「なる」ことの産みだす官能性が紹介されていました。
では、実際に道場主の栗本薫=中島梓はどのような人物だったのでしょうか。元『JUNE』の編集長で、長きにわたり門番頭として道場を支えた佐川俊彦さんによると、すさまじいほどの速読と記憶力の持ち主であり、投稿作を一度読むと人物名などの細かい部分まで記憶してしまい、同じ投稿者の次の投稿作の批評ではそれまでの投稿作も交えて批評していたそうです。文章には適切な枚数があるとよく言っており、地の文章は水のようであるべきで、こった表現は好まなかったそうです。
今回のシンポジウムで最も興奮したのは、小説道場出身の小説家であり、ウーマンリブの活動家でもある野村史子=中野冬美さんへの公開インタビューでした。中野さんは、野村史子のペンネームで、『テイク・ラブ』や『グッバイ・ミスティ・ラブ』などを投稿し、いずれの作品も高い評価を受け、書籍化されています。中野さんは二人姉妹であり、小さいころお姉さんと二段ベッドの上と下とでJUNE的な物語を紙に書いてやりとりしていて、そのようなやりとりがなくなってからも、ご自分の中でJUNE的なファンタジーを醸成させていったそうです。33歳のときに投稿を始めるその間に、中野さんにとってウーマンリブとの大きな出会いがありました。それまでは、ウーマンリブとは弱い者がするものと嫌悪感を持っていましたが、22歳のときのリブの活動家との交流を機にリブに目覚め共同保育などの活動をされてきました。たまたま古本屋さんで見つけたJUNEの小説道場に、私も書けるかもしれないと投稿を始めた33歳からの約2年間で5作品を投稿され、リレー小説1作品も含め計6作品が商業誌に掲載されています。しかし、それ以後JUNE作品は発表されていません。
中野さんにとってJUNE作品とはいったいなんだったのでしょうか。まず第一に中野さんにとってJUNE作品とはマスターベーションに必要な性的ファンタジーでした。そもそもこの第2回目のシンポジウムは第1回目のシンポジウムへの中野さんのWANサイト上での「いやらしさ」が議論されていないという感想(やおい~旧友との「再会」はいつも危険 野村史子 2010年10月1日)を受けて、大阪腐女子研究会がこの1年間中野さんの著作を読み、ご本人にインタビューをしたことが元となっています。中野さんにとって『薔薇はもうこない』に描かれたようなSM的な関係は最も萌えるファンタジーの一つでしたが、しかし、これは現実のリブの活動とは対立するものです。一方ではリブの活動をしながら、もう一方では支配-被支配の関係に萌える自分がいる。この矛盾は中野さんを苦しめました。しかしながら、JUNE作品を書くことにより、自分は何故このような性的ファンタジーを好むのかが分かってきたといいます。中野さんは最後の投稿作となる『グッバイ・ミスティ・ラブ』を書きあげたときに、自分がいかに女性差別的な男性社会を憎んでおり、支配―被支配の男同士の関係、そして支配者たる男が破滅していくという物語を書くことによって自分の怒りをなだめていたのかが分かったそうです。そのころ、中野さんはリブの活動に疲れ海外に行っていたそうですが、この作品を書き上げ、自分の怒りの方向性を認識することで、改めて現実の社会で闘っていこうと思い帰国されたそうです。
物語を書くことによって、自己の中の怒りを発見し、現実に立ち向かっていく中野さんのお話はとても感動的であり、物語を書くことの力を改めて認識させられました。やおい/BL研究の中でも小説分野は今後ますます研究が必要な分野かと思いますので、非常に有意義なシンポジウムでした。(yuki)
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