5月17日夜中1時頃、ソウル繁華街の江南(カンナム)駅近くの建物の男女共用トイレで、23歳の女性が面識のない34歳の男から刃物に刺され、死亡した。男はトイレに隠れて3時間を待って犯行に至ったが、23歳の女性がトイレに入る前にトイレに入っていた6人の男性は犯行対象としなかった。男は逮捕後、犯行に及んだ動機に対して「女たちが自分を無視したから」と話した。事件の後、悲しみと恐怖を抱えながらも勇気を出した数多くの若い韓国の女たちが、ミソジニーの犠牲になった23歳の女性の死を哀悼しながら、男性中心的な韓国社会と闘う歴史を作っている。

殺人事件が発生した5月17日から、江南駅舎の10番出口と韓国の大都市の繁華街では、女たちの追悼のメッセージが書かれたポスト・イットが一つ二つ貼り付けられ、キャンドルが灯られ、菊やバラの花が置かれるようになった。ある女性はポスト・イットの束を、ある女性はペンの束を、ある女性は机を持ってきて江南駅舎の10番出口に置いた。ポスト・イットには故人の冥福を祈るメッセージから、「これ以上このような事件が起こらないでほしい」、「ミソジニーを止めろ」というメッセージが書かれた。「男を怒らせたらだめ、いつも控えめに行動すべき、強姦されるような服を着てはだめ、夜遅くまで遊んだらだめと言われてきた。もうトイレにも一人で行けなくなった。女も人間だ」、「自分はただ単に運が良くてこのミソジニー社会に生き残っているだけだ」というメッセージが書かれて貼り付けられた。

「13年前、私もトイレで刃物を持った男に脅かされ、強姦の被害者になったが、死んではいない。ただ運が良かっただけだ」、「私は性暴力サバイバー。殺害や塩酸テロ予告の脅迫、数十回の強姦と暴行に遭ってきたが生き残った。だけど、生き残っているということに罪悪感を感じる。無力な自分を責めている。ミソジニーによる女性殺害はあまりにもたくさん起きている。サバイバーは何も悪いことはしてないのに、夜遅くまで外にいたからあるいは(加害者を)相手にしていたからなどと責任を追及される二次加害を被りながら、沈黙している。」と書かれたメッセージもあった。ツイッターでは「Stop misogyny」「Misogyny kills」「Stop Femicide」「No more femicide」 のようなハッシュタグが付けられた 。

私は事件発生から二日後、追悼現場を訪ねた。すでに数多くのポスト・イットが江南駅舎の10番出口を覆っていた。周りにいた女たちは、ポスト・イットの書かれているメッセージを読みながら、静かに泣いていた。韓国で女性運動をやっている一人の女性として私は、亡くなった女性に申し訳ないという言葉しか出てこなかった。申し訳なくて一緒に泣いていた。事件発生の三日後の19日、若い女性たちが開いたフェイスブック(https://www.facebook.com/gangnam10th/)の提案がきっかけとなって、600人が集って追慕大会を行った。女性団体では、女たちが夜に自由に歩こうという趣旨の行進「月光デモ」、女性として生きてきながら体験した暴力の被害経験を話し合うリレーのスピークアウト大会「女性に対する暴力阻止のための大会」を開いた。スピークアウト大会は、なくなった23歳の女性を追悼するために、夜中の1時頃まで続いた。また、このミソジニー事件の深刻性を知らせる女性団体の緊急記者会見と緊急討論会も開かれた。

だが、これらすべてのことは簡単に、スムーズに行われたわけではない。一部の男性が、女たちの動きを邪魔したり、ばかにしたり、威嚇したからだ。ポスト・イットが貼り付けられていた追悼現場に「男性を嫌悪するな」というプラカードを掲げて出てきた男たちは追悼している女たちにけんかを売ったり、ポスト・イットに「男を潜在的な加害者として見なすな」と書いて貼ったり、女たちのメッセージが書かれて貼り付けられていたポスト・イットを外して捨てたりしていた。また、韓国の代表的なインターネット右翼「イルベ」のメンバーと推測されている男たちは、動物のぬいぐるみをかぶったり、滑稽な服装をして追悼現場に出てきて、メガホンをとって「男性と闘ってはいけない、仲良くしよう」と騒ぎながら、追悼する女たちを邪魔する長い演説を行った。23歳の女性の死を追悼しながらミソジニーに対抗しようとする女たちの言動を揶揄したのだ。ある男は追悼現場に大きな花輪を送ったが、その花輪のメッセージには「男だから死んだ兵士たちを忘れないで」と書かれてあった。

これだけではなかった。男たちは、追悼していたり大会に参加していた女たちの顔写真や動画をこっそり撮った後、彼らのネットコミュニティにアップロードして個人情報を公開すると脅す書き込みをする、破廉恥極まりない行動を平気でした。追悼現場にきたり大会に参加した女たちは顔写真や動画がアップロードされた。(これから韓国の女性団体らは、参加者の女性と共同で、個人情報公開の脅迫の被害に法的な対応をとるつもりだ。)

それにもかかわらず、女たちは街に出ている。自分を守ろうとマスクをしたり、サングラスをかけたり、帽子をかぶったりしながらも、女として被ってきた暴力の経験について自分の声で話し、堂々と夜道を歩いている。多くの女たちは、今回の事件が起きた後、トイレで自身が刃物に刺されたり、あるいは刃物を持っている犯人の男と闘う夢を見ていた。また「私だけが生き残った」という、亡くなった女性に対する負債意識と罪悪感を話し合っていた。韓国の多くの女たちにとって、今回の事件は、意識や無意識レベルで、あたかも自身の死のようなできことである。

女たちは、この事件を「ミソジニー事件」と呼びながら、女たちとして生き残ってきた経験と、その経験から覚えてきた悲しみと恐怖という感情を共有している。生き残ってきた女たちは、生き残っていることだけに留まっていないのだ。ミソジニーに対抗し、韓国社会の男性中心的な秩序を変えていこうとする女たちの熱い思いと怒りの声が高まっている。

▷事件発生から一週間後の5月24日は、雨が予報されていた。ソウル市は、雨が降る前にすべてのポスト・イットを「ソウル市女性家族財団」(ソウルメトロ1号線の大方駅近く) に移した。
「ソウル市女性家族財団」の1階ロビーを訪問すれば追悼のメッセージが読め、またメッセージを書ける。また、ポスト・イットに書かれていたメッセージから1004個を選んでそのまま載せた本『江南駅10番出口1004個のポスト・イット―ある哀悼と闘いの記録』が6月7日発刊された。本の印税収益は韓国の全国の公共図書館に本を配布することに使われる予定だ。
(キムディオン)