16歳のレイ(エル・ファニング)は、シングルマザーのマギー(ナオミ・ワッツ)、レズビアンの祖母ドリー(スーザン・サランドン)と、祖母のパートナー、フラニー(リンダ・エモンド)の4人暮らし。自分の体が女性であることに違和感をもち、男性として生きたいと強く願っているトランスセクシュアル(トランスジェンダー)の男の子だ。
レイは、性別適合のホルモン治療をうけられる年齢になったために、マギーとドリーにつきそわれ、病院で医師の説明をうける。体の性別を変える、という決意にまったく揺らぎがないレイにくらべて、マギーとドリーは不安や心配を隠せない。さらにマギーはこの日、医師から「治療には両親のサインが必要」だと言われたために、別れた夫のもとを訪れることになるのだが、彼女には思い出したくない過去があり、元夫に会うことに気乗りがしない。レイには、マギーのその様子が非協力的な態度に映るうえに、マギーが期待に反して父親の了解とサインをもらってこなかったために、二人は険悪なムードになってしまう。
一方、レズビアンのドリーは、男性と結婚しマギーを生んだ過去を持つ。同性愛者であることを周囲の誰にもオープンにできなかった時代を経験してきた彼女は、レイの生きづらさに共感的だ。とはいえ、レイに好きな女の子がいると聞くと「どうしてレズビアンじゃいけないの?(Why can’t she just be a lesbian?)」と言ったりして、アイデンティティとセクシュアリティの問題が分かっていない一面も。愛情をそそぎ、自分を支えてくれる家族にかこまれてはいるものの、治療が一向に前に進まないことに苛立つレイ。片思いの恋はうまくいかないし、性別のことで陰湿なからかいに遭ったりと、失望や怒りとともに焦りはふくらむばかり。そうして、思いつめたレイはある日、誰にも打ち明けずにある行動に出るのだった――。
この映画の原題は『3 Generations』という。日本語タイトルのとおり、ストーリーはレイの「16歳の決断」を中心に進むけれど、描かれているのはレイの物語だけではない。世代の異なる3人が、それぞれの人生の<決断>を経て家族としてつながり、共に生きている/生きていこうとする姿と、レイの抱えた苦悩に向きあうことで経験する、一人ひとりの覚悟や葛藤、対立と和解を細やかに映し出している。この細やかさは、さすが『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)、『サンシャイン・クリーニング』(2009年)を制作したチームが三度結集して作った作品ならでは。
家族(ファミリー)の強い絆を感じさせるラストシーン。ちょっとハッピーエンドすぎてわたしには眩しいが、各々が手にした、自分と共に在る人の痛みへの共感や、相手の決断を尊重しようとする気持ち、そしておそらく人生の<決断>を経たからこそ手に入れた、一人ひとりの自立への意志が感じられていいなぁと思える光景だ。
映画の後半で、人生の経験を積んだ年長者としてのユーモアをもち、ちょっとおとぼけ役でもあるドリーが、マギーに自分とフラニーの家を出るよう、二人で宣告するシーンがある。離婚後、レイを連れて母親の家に転がり込み、まるで結婚前の娘のように振る舞うマギーに自立を迫るその態度に、わたしは目が開かれる思いがした。家族だからこそ相手を大人として扱い、関係に一線を引こうとする姿勢を若い世代に示すこと。それが、難しいけれど大切な、親(先にいなくなる世代)としての役割の一つなのだろう、と思っている。(中村奈津子)
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