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台所という場所 anna
2010.02.04 Thu
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<p>yukiさんのエッセイを読んで、食べるということは本当に、世界に自分を開くということだと、「食べる」ことで吸収した、様々な風景を思い出しました。私にとってそれはおもに、言葉もおぼつかない状態で留学し、一年間を過ごしたメキシコでの風景です。<!–more–>休日に女友達と出かけた、朝食専用のパンケーキ屋の、2枚重ねのパンケーキ。道端で売られるチリパウダーつきのフルーツ。屋台で食べる、香菜と玉ねぎの付け合わせが美味しいタコスや、ぎょっとするほどクリームの乗ったカプチーノ。知らない土地の市場で食べる定食の煮込み料理。私はすべてを、食べることで吸収しました、異国暮らしの心もとなさも、はちきれそうなテンションも、なんとなく沈む気持ちも、知らない人や土地との出会いも。食べることが、自分を開くことであり、世界とつながることだという感覚を得たのはそのころです。そして、料理をするようになったのもこの、メキシコでの生活からでした(上の本を手に入れたのは帰国してからですが)。 <br class="clearall" /><br />初めて実家を出た私は、初めて自分の(シェアではあったけれど)台所を手に入れました。それはおどろくほどの自由でした。何がどこにあるのかを自分で決めることができる。どんな材料が冷蔵庫に余っているか自分が把握して、急な買い物もできる。予算管理から材料のやりくり、いつ何を作るかまで、私は私で決めることができる。それは母の台所ではない、そのことの、なんという解放感!その解放感に、初めて私は気がつきました。私が今まで料理をしなかったのは、実家のそれが、「母の台所」だったからなのだと。</p>
<p>私は料理を始めました。人から料理の本を借り、ネットでレシピを調べ、どんな簡単な、何度も食べたものもすべて、レシピを見て作りました。そしてだいたいのレシピは、文字にすると驚くほど短いということにも気づきました。大体の料理は、そう複雑なことはしていないのだと。おいしくない場合は何通りかのレシピを試し、比較したり、おいしくできた時には、そのレシピを書きうつしたり。そしてじっさい、驚くほどいろいろなものがおいしくできました。人と比べてもっとおいしいとか、特別であるかなんてことはわからないけど、こんなに簡単に、とりあえずおいしいものはできる。それは私にとって大きな発見でした。料理がうまいね、といわれるようになりましたが、そうは思いませんでした。やるかやらないか、料理はそれだけを問うていると思うようになったから。</p>
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<p>中学生の頃だったか、最初に吉本ばななの『キッチン』を読んだとき、一番印象に残ったのは、主人公がある日突然(という印象でしたが)、料理に打ち込み始めるというくだりでした。 祖母を亡くした主人公・みかげは、祖母の知り合いだった雄一とその母(元父)の家の居候になります。その夏彼女は、「狂人のような」勢いで夏中料理に打ち込むのです。バイト代をつぎこんで材料を買い、理論書を読み、素材やカロリーについても勉強して。そして、料理研究家のアシスタントになるのです。「そんなものなのか」と、不思議でした。</p>
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<p>オードリー・ヘップバーンの『麗しのサブリナ』でも、主人公は突然パリに行って、料理学校に入っていました。上の空でスフレを作り、オーブンのスイッチを入れないのでスフレがふくらまないという有様。どうして料理なのか、やはり当時、不思議でした。私にとって料理は、才能のある人たちができる素敵なカッコイイこと、で、試験勉強のように勉強して、できるものではないと思っていたからです。</p>
<p>でも、いまになるとちょっとだけ分かるような気がします。サブリナが料理学校にやられたことは、明らかに「花嫁修業」的な計画なのだろうけど、でも、料理には、ある種の効用があること。台所は、料理を「やる」人にだけは常に、開かれているからです。そこは、レシピと素材と自分だけが向きあう、最後は誰も手助けできない、ひとりきりの場所であり、そして実は、他の誰のためでもない作業だからです。<br class="clearall" /><br />そうしてメキシコで私は毎日のように料理をしたがっていたけれど、作りすぎてしまうのだけが難点でした。そのころには年下の女友達が同居していたけど、彼女に、いつでもご飯があるからね、と言うことはできませんでした。少しでも「食べないと悪いな」と思わせるような要因を作ることは、領分を侵すことだと、思えたから。ご飯を作ってあげる、ということで、相手を支配したくなることが怖かったから。母の台所が知らずに私を縛ったように、私が料理で誰かを縛ることが恐ろしかったから。</p>
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<p>その頃DVDで見たのが、映画『かもめ食堂』です。 支配と無縁に見える料理と、台所。それはとてもすがすがしい風景でした。作ることじたいに喜びを見出すことが、支配としてではない料理のすべてなのだと思いました。そして、それを食べてくれる人が、貨幣を介した他人であるということは、じつはとても贅沢なことだと。</p>
<p>もう一本、おいしいご飯がたくさん出てきたのが、『ホノカア・ボーイ』という映画です。料理の担当は高山なおみさん。ハワイを舞台に、倍賞千恵子演じるおばあちゃん・ビーが、レオという少年に毎日ご飯を作ってあげるようになるというお話です。映画に出てくるご飯も、おばあちゃんも、彼女のカラフルなおばあちゃんファッションも、みんな好きだったし、後日友達と作ったマラサダ(ハワイのドーナツ)はとても美味しかった。それでも、私はちょっとだけ、思い出すと苦しくなります。レオが「彼女ができたら料理を教えてよ」と言うと、聞こえないふりをしてしまうビー。女の子を連れて行くと言われたら、なんとなく浮かない顔になりながら、頑張ってしまうビー。女の子がピーナツアレルギーだと言われていたのに、ピーナツを、いれてしまうビー。彼女の気持ちがわからないというわけではありません。ただ、そこに「料理」がくっついてしまうことが、私はどうしても、やっぱり悲しい。どんなに気をつけていても、料理を食べてもらうことは、母の台所が娘を居心地悪くするような、献身ともいう支配ととても簡単に結びついてしまうから。台所は本当は、誰にでも開かれているものなのに。そして、なによりもすがすがしい場所でもあるはずなのに。だから、いつもかもめ食堂のお客さんに出すように、料理を出すことができればいいなあと、私は思うのです。</p>
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<p><a href="http://wan.or.jp/book/?p=188">次回「森巣博ノススメ」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから</a></p>
カテゴリー:リレー・エッセイ









