今年度、WAN女性学講座では『フェミ・ラボ(WANフェミニズムを学ぼう♬シリーズ)』第二期を企画し、開催しています。毎月 第一日曜日の18時からの開催です。
今年度の講義は、以下を予定しています。
内藤和美先生:6回の開講予定:
① 8月 2日 戦後日本社会のジェンダー構造1-日本社会のジェンダー状況-
② 8月23日 戦後日本社会のジェンダー構造2-性別分業の悪循環とその帰結-
③ 9月 6日 戦後日本社会のジェンダー構造3-「女性に対する暴力」とはどういう問題か
④ 10月 4日 「女性に対する暴力」-事例を通じて
⑤ 11日 1日 ジェンダー構造の解体へ
⑥ 12月 6日「ジェンダー平等」と「男女共同参画」、そして「女性活躍推進」
茶園敏美先生:1回の開講
⑦1月10日 「GHQによる占領地の強制的性病検診による女性の分断―女性の歴史を風化させないためにー」
充実のラインナップですが、第3回が開催され、その講義レポートです。
ご興味おありの方は、今からでも間に合います。ご参加、お待ちしています。
◆申込方法:Peatixからお申込みいただけます。【https://peatix.com/event/5047054】
 

『 戦後日本社会のジェンダー構造3-「女性に対する暴力」とはどういう問題か 』

 この講座には研究者の方も多く参加されているときくが、私は暴力被害の女性を支援してきた立場としてこの講座を拝聴している。私の活動を支えているのは、内藤さん(ご本人が「先生」と呼ばれたくないと言われておられるので、大変言いにくいがあえて「さん」とさせていただく)たちのような研究者の方々が構築されてきた理論である。
 フェミ・ラボでの内藤さんの講義でも、私が学びたかったフェミニズムの視点による理論的構築を教えていただいている。『戦後日本社会のジェンダー構造』、『性別分業構造の核:家事労働の女性偏在』の解説の後、『ジェンダー構造による女性問題』として『女性に対する暴力』について学ぶことができた。今まで、人権、ジェンダー、エンパワメントの視点や心理学的視点から理解してきた暴力の発生機序であったが、今までとは違う言葉や切り口からの解説で、興味深く拝聴した。内藤さんの解説を伺いながら、私が支援の現場で見てきた様々な場面が脳裏に浮かび、理解が深まっていった。それらを記載し、レポートとしたい。
 私が人権の問題に最初に直面したのは、子どもを預けた市立保育所が部落差別(同和問題)を解決するために制定された地域改善対策特別措置法(地対財特法)対象地域の中にあり、人権教育が熱心に行われていたことから始まる。保護者会によるグループでの語り合いが何度もあった。ある日、子どもが生まれた時の話をしていた。私は、なかなか妊娠できず、ようやく妊娠が分かった翌日には切迫流産で入院した後に、ようやく出産までこぎつけ、嬉し涙が止まらなかったという経験を話した。ところがある母親は、子どもが無事生まれた喜びと同時に、「ああ、この子もまた差別を受けるのか。」と悲しみの涙を流したという話しをされた。その女性は、同和地域に生まれた人だった。その地域は、鉄道沿いにあった。「恋愛中、彼と電車に乗ってて家の前を通過する時は、彼の視線が窓の外に向かないように工夫してた。」と話されていた。彼女の話からは、未だに部落差別があることがひしひしと感じられた。同じ子どもを産む体験をしても、それが子どもへの差別の始まりと涙する母親がいる。そんな人がいることを知らなかった私は、なんて世間知らずの無知だったんだと自らを恥じた。
 その後、その保育所で様々な保護者と出会うと、もっと悲惨な現実を知ることになった。部落差別の中にも、更に女性差別、子ども差別、障害者差別があったのだ。いわれのない差別を受けている人たちの中にも、『社会的労働と私生活(家事)労働の性別分業』(内藤さん資料)が厳然としてあり、更なる差別構造を生み出していた。女性保護者の多くは中卒、高卒だった。「お兄ちゃんは大学に行ったけど、女は行かんでええって言われた。」と。また、未だ就職差別があるため自営業をしている家が多かったが、社会からの差別に対して闘う地域の中でも、『基幹労働と周辺労働の性別分業』(内藤さん資料)の社会構造そのものがあり、社長は夫で妻は事務員と家庭内労働という差別構造になっていた。地域の催事でも前面に出てくるのは男性で、女性は裏方で炊事を担当する。
 また、学歴が低い女性の多くは定職につくことができず、経済的な自立が難しい。早い結婚、早い出産・育児、家事労働、パート労働になる。私は30歳過ぎて出産したので、保育所では一回り若い保護者と出会うことはざらであった。そのような経緯をたどる女性たちの多くは、「私はバカだから、何もできない。」と、社会によって思い込まされていた。そして、若い夫がDVを始めると、離婚するが、またすぐに再婚する。子どもを抱えて生きていけないからだ。最も悲惨だったのは、再婚相手が子どもに暴力をしていても見て見ぬふりをするしかないことだ。離婚、再婚をしても、同じことが繰り返されることを感じているからだ。そこで私は、結局社会の問題は、女性と最も力弱い子どもが被る現実を知った。今回、内藤さんによる『一次生産物:社会資源の男性偏在(マクロ)⇒2次生産物:女性問題(ミクロ)』という解説を伺いながら、この時に私が感じたことは理論的にいうとこういうことだったんだと思いながら聞いていた。しかし、この時3歳で保育所に預けた我が子は今や33歳に成長したというのに、この構造がほとんど変わっていないとは、愕然とする。
 その当時、これらの経験から私は周縁化された女性と子どものために何かしたいと思い、心理師を目指して勉強を始めた。そして、地元のNPOで人権問題、特にジェンダーの問題について取り組み始め、今に至っている。
 また、その頃社会活動をする中で多くのDV被害者支援団体と出会い、被害者支援の研修を受け、現場にも立つようになった。その中でも、悲惨なケースが多々あった。DVの中で障害者となり、益々自立する意欲をそがれてDV夫の元に留まり続けるケースである。そして、その多くでは夫は社会的地位が高く、妻とは経済的な力関係がある場合だ。そのような場合、夫の多くは浮気をし、身体的暴力が無いとしても妻にとっては大きな精神的苦痛となり、うつ病になるケースが多くあった。
 最も悲惨なケースでは、夫が福祉団体の理事で地域の誉も高く、妻はDVを受けていることを公言したとしても誰にも信じてもらえないし、団体の信頼をそこねて事業に差し障るので言えない。夫は浮気をして家には帰ってこない。思い余った妻は夫が家にいる時に、玄関で焼身自殺を図った。分かって欲しくて自傷行為をして、残念ながら障害者になるケースは多くある。このケースでも、妻は頭部と顔面に大やけどを負い、益々家から出ることができなくなった。そのうち子どもは成長し、夫は子どもにも手を出しているようだが誰にも言えない。支援者が入っても妻自身が動く意欲を失い、児相も夫と懇意で長女への虐待の事実関係の確認がとれず、等々で支援が進まない。
 他のケースでも、妻がうつになりDVから逃げる意欲が失せてしまうことや、身体的な病気になったり、子どもが障害を持っている等で簡単に逃げられない場合が多くあった。『女性が社会的労働の場で周辺・二流と位置づけられてきた原因は、女性=家事労働、短期雇用、主婦、パート。社会的労働の場で受けるさまざまな差別的扱いが女性を家庭や地域へと追いやってきた』(内藤さん資料)という構造そのものが、女性が本来持っていた力を取り戻す(エンパワメント)機会を阻害し、DVから逃げる意欲をそぎ、『暴力によって非対等性が維持再生産される』(内藤さん資料)ことになる。そして、『期間労働:長期安定雇用/熟練形成/高賃金=主に男性』(内藤さん資料)によって、夫は妻以外の女性と家庭の外で楽しく過ごし、家庭内問題に目を向けないことを許されている。そのような実態をいやというほど見てきた。
 その後私は精神科病院で心理職の場を得て、DV被害者支援の場では残念ながらできなかった被害者の精神面の回復支援をしている。社会や親・配偶者から刷り込まれた「私は大した人ではありません。」と内在化されたメッセージを、「自分には人権がある。私も尊い存在なんだ。私にも力があるんだ。」という言葉に変換していく道程を支えている。
 最後に、内藤さんの講義で拝聴した、『家事労働が女性の愛情表現手段という性格を強く帯びている日本の家事労働文化』という解説も、非常に納得あるものであった。確かに、『家事労働』を手放せない女性の一面には、そのような感情が植えこまれているように感じる。子どもが可愛いからこそ、「しっかりと家事をしてあげなくては」に縛られ、イライラして子どもを叩いてしまい、自己否定感を強め、「こんな私は親として失格です。」と、うつになっていく女性。男性の場合、うつになって「仕事ができなくなって情けない。」はあっても、「家が汚くて家族に申し訳ない。」は、聞いた記憶がないように思う。