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「アニソン」からの連想  矢野久美子

2010.05.14 Fri

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<p>鈴木彩加さんのエッセイを読んで初めて、「アニソン」という言葉や「アニソン紅白」の存在を知った。そういえば、ひと月前のゼミの飲み会で焼き肉食べ放題の後、学生たち(女子18名)がカラオケで合唱していたのは、高橋洋子の「エヴァンゲリオン」だった。私はその歌を知らなかったが、突然現れた彼女たちの共通世界に新鮮なパワーを感じたのだった。</p>
<p>私って遅れている?おばさんあるいはおじさん?と自問しつつ、いやいや私もアニメソングは知っているぞ、と記憶をたぐってみる。「ムーミン」「ゲゲゲの鬼太郎」「魔法使いサリー」「オバケのQ太郎」……「忍たま乱太郎」だって歌える。10曲、いや20曲くらいは口ずさめる、と思いめぐらしていた時 ――<!–more–></p>
<p>井上ひさしさんの訃報に接し、井上さんが「ムーミン」と「ひみつのアッコちゃん」の歌詞の作詞者だったことを知った。作曲は宇野誠一郎さんである。そうだったのか、と急に涙が出そうになって、 <a href="http://amazon.co.jp/dp/B002E1HM72">『こまつ座の音楽』</a>(宇野誠一郎×井上ひさし)のCDを聞く。</p>
<p>演劇ファンというわけではないのだが、私はこまつ座のお芝居が本当に好きで、この数年は機会があるかぎり観つづけている。お芝居のなかの音楽・歌詞がすうっと心に届いてくる。一度観て聞くだけなので細部はあやふやになるが、それでも芝居が終わった後も口ずさみたくなる歌。私が「ムーミン」と「ひみつのアッコちゃん」を完璧に歌えるのは作詞・作曲の力にほかならない、と思った(しかし、こう書いた時点で歌の遂行者であるアニソンの歌手――鈴木彩加さんは女性が多いと書いていた――が欠落している自分の意識に気づき、愕然とする。声は覚えているのに)。</p>
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<p><a href="http://amazon.co.jp/dp/410116830X">『太鼓たたいて笛ふいて (新潮文庫)』</a>のなかで、林芙美子の母キクが、芙美子が中国に従軍作家として出かけているあいだに漢字を習って娘の小説を読み、その漢字を教えて留守宅を共にしてくれたこま子と別れる時に歌う「文字よ 飛べ飛べ」。「たのしいしらせを/うれしいしらせを/文字はそのまま/乗せて飛ぶ。文字よ飛べ飛べ/野をこえ山こえ/わたしの知らせをつたえてくれ……せつないねがいを/明日へのねがいを/文字はそのまま乗せて飛ぶ。文字よ飛べ飛べ/明日にむかって/わたしのねがいを/つたえてくれ」。</p>
<p>大竹しのぶさんが演ずる芙美子が語る言葉、「太鼓たたいて笛ふいてお広目やよろしくふれてまわっていた物語が、はっきウソとわかったとき、……命を断つしかないと思った。わたしの笛や太鼓で踊らされた読者に申し訳なくてね」。「休んでるひまはないんだわ。書かなくては書かなくてはね」。</p>
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<p><a href="http://amazon.co.jp/dp/4122040043">『国語元年 (中公文庫)』</a>は、明治七年に「小学校唱歌集」を編集する「唱歌取調掛」となった文部省の役人南郷清之輔が、「全国統一話し言葉」を作るように命ぜられて右往左往する悲喜劇である。国語と唱歌と近代国家形成に関してはすでに多くの貴重な研究があるようだが、それは措いて、ここでは「統一話し言葉」に挫折して考案した「文明開化語」もまた否定されて狂死寸前の清之輔の語りを書きとめておきたい。</p>
<p>「人は誰でも口という楽器を持つス。口は置き忘れるということは絶対にないス。持ち運びも便利であるス。保存も簡単であるス。こわれることもないス。修理することも要るヌス。また口を失くすということもないのであるス。この便利重宝な口を小学教育に使うのは当然であるス。……そして口の訓練には、唱歌、歌を唱えるのがもっとも効果があるス……」。</p>
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<p>「口という楽器」に対する政治の強制に対して闘いつづけた井上さんを一人心のなかで追悼した後、もう一つ泣いて笑ったお芝居を思い出した。「歌ってちょー、立ってちょー」である。永井愛さんの<a href="http://amazon.co.jp/dp/4880593478">『歌わせたい男たち』</a> 。卒業式の君が代斉唱をめぐる都立高校教師たちの悲喜劇である。主人公の音楽教師仲ミチルと、不起立を貫こうとする社会科教師拝島則彦は名古屋出身。</p>
<p>かつては君が代斉唱に反対していたが管理職となり変貌した校長。近藤芳正さんが演ずる拝島は、元歌手だった戸田恵子さん演ずる仲にシャンソンを「歌ってちょー」と求め、校長(大谷亮介さん)は拝島に「歌ってちょー、立ってちょー」と請う。このお芝居は、フランスかどこかで最初何の事だか理解されなくて上演が困難だったという記事を読んだことがあるが、それほどまでに「口という楽器」に対するこの国の強制は異常なのだ。<br />というわけで、「アニソン」からの連想はひとまず終わるが、今度カラオケに行った時には、「ひょっこりひょうたん島」を熱唱しようと心に決めている今日この頃である。</p>
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<p><a href="http://wan.or.jp/book/?p=271">次回「「死ぬこと」について考えるということ」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから</a></p>







カテゴリー:リレー・エッセイ