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「死ぬこと」について考えるということ 富山由紀子

2010.05.28 Fri

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<p> 誰かの死を悼み、その悲しみを言葉にする――</p>
<p> 矢野久美子さんのエッセイは、井上ひさし作品に関する解説であり、同時に井上に対する矢野さんなりの「喪の作業」の痕であったと思います。わたしは不勉強で、ぶっちゃけ井上作品のことはよく知らないけれど、矢野さんの哀悼の意は強くそしてハッキリと伝わってきました。矢野さんの文章を経由して、わたしも井上の死に少しだけ触れることができたような、そんな気がしたのです。<!–more–> 当たり前のことですが、誰であれ人は必ず死にます。生まれた瞬間から死へのカウントダウンは始まっているのだし、さらに言ってしまえば、いま「生きている」というこの状態を「死につつある」と言い換えることだってできてしまう。わたしの記憶&記録が残ろうとも、わたしの身体はいずれ間違いなく消えてしまいます。嗚呼、諸行無常の響きアリ、ですね……。</p>
<p> 「新婚初夜という。では、はじめての喪の夜は?」(1977年10月26日)から始まるロラン・バルト『喪の日記』は、母アンリエットが亡くなった翌日から2年近くにわたり断続的に書かれた日記です。死者、もしくは死という概念そのものを前にしたバルトが苦悩し、あがき、疲弊し……それでも止むことのなかった思考の記録となっています。</p>
<p> 彼自身が「もしかしたら、たぶんこれらのメモには、たいせつなことが少しは書かれているのではないだろうか?」(同年10月27日)と指摘するように、母の死が駆動するバルトの思考は、喪の作業の深化を経て、やがて、彼自身の生へとなだらかに浮上してゆくのですが、その様子は大変な示唆に富んでいます。</p>
<p> 「喪(悲しみ)を消し去ろうとするのではなく(時間によって消滅するというのは愚かな考えだから)、変えること、変換すること。停滞した状態(鬱滞、閉塞、おなじものの反復)から、流れる状態に移行させること」(1978年6月13日)。</p>
<p> 死を乗り越えるのではなく、共に生きて行くための知恵が生まれ、育っていくプロセスは、痛みと美しさに彩られ、読み終わるのがもったいないほど。そして、読み進めてゆくうちに、もう亡くなってしまった人はもちろん、いま生きている大切な人のことが思い出され、わたしたちもまた知らず知らずのうちに喪の作業へと引き寄せられてゆくのです。</p>
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<p> バルトによる死をめぐる日記に続いて「はからずも」死をめぐる日記となってしまった一冊として、板尾創路の『板尾日記5』を挙げさせて下さい。彼もまた肉親(娘)を失った悲しみを、書くことを通して確認しています。</p>
<p> 何の準備も覚悟もないところにやってきた幼い娘の突然死。「英美が帰って来なくなった。さっきまで俺は世界一シアワセだったのに……。怖い、助けてほしい」(2009年8月16日)と書きつけることから始まる喪の作業は、こちらも読んでいて本当に辛い。けれども、苦しい停滞の中から生み出される言葉を追ううちに、やがてひとつの変化があらわれます。<br /> <br /> 「雨の中、表参道に髪の毛を切りに行った。(略)雨の中、傘をさしながら、仕事のことや家族のことを考えながら歩いた。大した答えは出ないが、自分の存在というものだけはハッキリと分かった」(同年11月14日)――バルトの場合と同様に、この日記でも大切な人の死は、書き手(板尾)自身の生の問題へと至り、さらに「極端に言えば、人間は死ぬために生まれるんだ。受け入れるしかない」(同年11月25日)という風に、死との共生を目指しはじめるのです。</p>
<p> しかし、この日記の最後で、板尾はバルトもびっくりの、しかしながらすばらしいテイク・オフを試みています。</p>
<p> 「俺はゆっくりと生きていきたい。焦らず、がつがつせず、世間に自然に地球に宇宙に身を任せて。逆らっても勝てない。俺一人対68億人と自然。俺の生きている価値は、周りが決め、導いてくれることだろう。300年ぐらい生きるつもりで毎日を過ごせば、いい人生が送れる気がする」(同年12月31日)。</p>
<p> 「俺一人対68億人」「300年生きるつもり」といった途方もなさで、自分自身を「いまここ」から遠くに突き放すことは、おそらく「緊張と弛緩」から構成される「笑い」を生業とする彼だからこそできた思考ではないでしょうか?死でがんじがらめになった心を自由にしてやること、それが彼にとっての喪の作業だったのだとわたしは思うのです。</p>
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<p> ちなみに、死に対してこのような「突き放し系」のアプローチを試みている人として、忘れてはならないのは、建築家であり思想家でもある荒川修作です。『死ぬのは法律違反です――死に抗する建築 21世紀への源流』は、300年どころか、死ぬこと自体を禁じるという手段に訴えることで、わたしたちの死というものに新たな光を投げかけようとしています。そして、さきほどの「笑い=緊張と弛緩」の理論を応用するならば、ここまでの突き放しを食らったからには、恐らくわたしたちは死というものを笑う…少なくとも死に微笑みかけるくらいは許されるのだろうと思うのです。そうすることで、死と共に在ることが出来るなら、その笑いは祈りに近いとも言えそうですし。</p>
<p> 死とは辛く苦しく、時に美しくもあるし、笑えもする、実にワケの分からないものの。しかし、それに向かって進んでゆくのがわたしたちの生であるとするなら、わたしなどはやはり笑い多めでお願いしたいなぁと思ったりするのですが……みなさんはいかがですか?</p>
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<p><a href="http://wan.or.jp/book/?p=275">次回「滑稽で愛しい「生きる」といういとなみ」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから</a></p>







カテゴリー:リレー・エッセイ