
2013年に長編10作目となる『郊遊 ピクニック』を制作したあと、商業映画からの引退を宣言していたツァイ・ミンリャン監督が、5年ぶりにドキュメンタリー映画を撮った。タイトルは『あなたの顔(你的臉/英題:Your Face)』。76分の作品に13人の人物が登場し、まさにタイトルどおり、彼らの「顔」が首から上のショットで順に映されていく。ほとんどの人が、その容貌などから、人生の後半をはるかに過ぎた年代だと思われる。監督の過去の長編作品すべてに出演している俳優リー・カンション(1968年生まれの彼が一番若いのでは?)以外は、監督が台北の街中で探してきた一般の人たちなのだそうだ。
要するに、本作は一人ひとりの顔に浮かぶさまざまな表情や振る舞いを、ただ丹念に映しとっていくドキュメンタリーである。それのいったいどこがおもしろいの?と思う人がいるかもしれない。わたしも、半ば同じような気持ちで見始めた。もしかしたらジョン・ケージの「4分33秒」のように、76分間、沈思する人たちの顔だけを見させられることになるのだろうか・・・という不安さえ覚えながら(ツァイ・ミンリャン監督ならやるかもしれないな、と思ったのです)。だが、ある瞬間から一気に、わたしは他者の「顔」の雄弁さに引き込まれてしまった。
13人のそれぞれは、いったい監督から何を乞われて、カメラの前に座ることを承諾したのだろう。「あなたの顔をじっくりと映してみたいから、カメラの前に座ってください」だろうか。あるいは「あなたの顔に刻まれた人生のあとを、記録させてください」とでも?誰一人、語ることは強制されていない。椅子に座っていること以外、一切の制約が感じられない撮影空間で一人ひとりが見せる、「スポットを当てられ、撮られている」「監督から、話の水を向けられる」ことへの応答が、じつにユニークだ。
中には、少しの戸惑いや後悔といった感情を見せながら、自分の人生の断片について語る人もいる。彼らの言葉から、紆余曲折あったのだろう人生経験や、そう語るに至った背景や社会規範などをうかがい知ることは興味深い。だが反対に、じっと(ほんとうにじっと!・・・っていうか寝てるじゃん!)動かない人や、唐突にハーモニカを吹き始める人など、言葉を介さずにカメラの前に座る人たちもいて、その語らなさ故の雄弁さにも見入ってしまう。個人的には「カメラで映されること/見られること」から自由になれるのが見たところ男性ばかりだったことを、ジェンダー分析的に考えたくなってしまった。
「人の顔をただ見せられている」時間が「他者を積極的に見つめる」時間に変わる仕掛けが、確かに本作には散りばめられていて、映画の奥深さを発見できる1作になると思う。その仕掛けのひとつである音楽を、全編、坂本龍一が担当している。彼は、本作に楽曲を提供するにあたり、監督からは何一つ注文されず、ほんとうに自由に作らせてもらったと語っている(注1)。完全に自由な状態から音をつくるのは相当難しい取り組みだと思うのだが、彼が創造性をいかんなく発揮して生み出した音楽(今回、本気度100%という感じがします)と映像とのコラボレーションが、映像を見つめ続けるための緊張感をいい意味で引き出してくれる。
13人の撮影は、台北中山堂(旧台北公会堂)の館内で行われている。台北中山堂は、日本統治時代の1936年に建築家・井出薫の設計によってつくられた、西洋建築をベースに台湾独自の建材やデザインが融合された4階建ての建物だ。太平洋戦争のあと、日本が台湾から撤退する際の調印式が行われたことでも有名な場所である。現在は内装などに手を加えられ、音楽会や演劇などの公演が行われる、市民の文化交流の場として親しまれている。この建物自体の息づかいが感じられるラストシーンが、映画がつくり出す時間の重みや、人が生きることの奇妙さとおもしろさを引き立てている。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
2020年6月27日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて公開ほか、8月1日(土)より愛知・名古屋シネマテーク、福岡・KBCシネマなど全国順次ロードショー!
監督:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)
製作総指揮:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)、ジェシー・シー(施悦文) / 製作:クロード・ワン(王雲霖)
音楽:坂本龍一
出演:リー・カンション(李康生)ほか
配給:ザジフィルムズ、トランスフォーマー
原題:你的臉 (英題:Your Face)/2018年/76分/DCP/カラー/中国語/字幕:神谷直希
http://www.zaziefilms.com/yourface/
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注1:タワーレコードによるミュージック・レビュー・サイト「Mikiki」の2020年6月19日インタビュー記事:「坂本龍一が語る映画「あなたの顔」の音楽 台湾の鬼才ツァイ・ミンリャンからの依頼は「100%自由にやってくれ」(interview & text:村尾泰郎 , photo:橋本直己 intoxicate 2020 April)より

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