本書は、日本の民間企業における職場規範・職場の雰囲気や日本企業特有の雇用慣行に着目し、これらが働く女性の就業・出生行動にどのような影響を与えているかを検証することを目的とする。この現象を説明する本書における仮説は、女性の働き方が変わらない要因として、企業内の「職場規範」が女性の就業選択や出生行動に影響を及ぼしているのではないだろうか、というものである。個人の意思にかかわらず、就業選択をせざるを得ないこともあるのではないか、というのが本書の出発点である。
企業で働く女性労働者の中には、周囲への気兼ね・配慮や忖度により、自身の働き方を決める女性も多いのではないだろうか。もちろん、これは女性だけにとどまらず、男性労働者も同様である。ただし、女性の場合は結婚・出産といったライフコースの岐路に立った時に、就業規則にはない暗黙のルールにより働き方の選択を迫られることがある。暗黙のルールに則り、離職する行動をかつては「寿退社」や「退職慣行」と呼んでいた。
本書で着目するのは、職場における規範をあらわす「職場規範」という用語である。しかし、働く女性は実際には「職場の雰囲気」という言葉で語ることが多い。そこで、「職場規範」だけでなく、「職場の雰囲気」という用語にも着目する。質的調査では、本書における離職女性の語りにみられるようにインタビュイーが「居づらくなった」「サポートする雰囲気がなかった」等の言葉に代表されるような「職場の雰囲気」が多く語られるためである。
また、本書のもう一つの位置づけは、女性労働研究の中でも特に一般職といった「普通のキャリア」である正社員女性に着目している点にある。なぜ、この女性たちに着目するかといえば、日本企業で働く大多数の女性がこの分類にあてはまるからである。日本企業における女性管理職は(今後増加が見込まれるとはいえ)現状では1割強に過ぎず、多くの働く女性は昇進がなく、結婚・出産を機に離職するケースも多い。このようなメカニズムの解明を試みているのが本書である。
このテーマに関心を持ったきっかけは、筆者自身がかつて会社員として働き、多くの先輩・同期・後輩の女性社員の働き方を見聞きし観察してきた経験が発端となっている。社内には様々な人事制度が整えられていたが、制度の有無にかかわらず上司の女性労働に対する考え方、それまでの社内で働く女性の働き方で一個人の就業選択が決められているように思われた。その結果、筆者も含め、役職のない組織の末端にいる者の就業選択の希望がかなえられないことも多いことを体感した。なぜ、就業規則にないことが人々の就業行動を左右するのか。筆者は長年強い関心を持ち、一社員として職場内を観察してきた。さらに、その後転職した外資系企業の職場規範、職場の雰囲気はそれまで勤めていた日本企業とは全く異なるものであった。外資系企業と比較すると、日本企業には何か特有の職場の雰囲気を醸成させる要因があるように思われた。
2020年に突如おきた新型コロナ(Covid-19)の感染拡大により、「職場の雰囲気」も今後大きく変わるだろうということもある。また、この間には女性の出産時の就業継続や社会進出も以前より進み、男性の育児休業に焦点があたるようになるなど、社会構造の変化の兆しがみられる。一方で、国際的にみると日本社会の男女平等度はいまだ極めて低いことがわかっている。その点で、本書で検証したジェンダー格差の問題はまだ日本企業に(形は変えつつも)残っているといえるだろう。
本書を通じ、日本企業における女性活躍推進のあり方を俯瞰し、いわゆる「普通の」女性会社員の働き方と「職場の雰囲気」という職場のあり方について読者の方々とともにとらえなおすことができれば、筆者としても嬉しく思う。(「はしがき」より抜粋)
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目次
序 章 女性の仕事と日本の職場
第Ⅰ部 日本の「職場の雰囲気」と女性の働き方
第1章 「職場の雰囲気」が女性の離職に与える影響
――企業属性別にみたデプスインタビュー――
第2章 「職場規範」「職場の雰囲気」の定義と隣接概念
第3章 「職場規範」「職場の雰囲気」を用いた分析の研究動向
第Ⅱ部 女性の結婚・出産時における「職場の雰囲気」の検証
第4章 企業内の「職場規範」が女性の就業・出産に与える影響
――パネル・データを用いた検証――
第5章 「職場の雰囲気」が女性の就業・離職行動に与える影響
――横断面データを用いた検証――
第Ⅲ部 均等法以後の事務職・一般職女性の働き方
第6章 民間企業における女性の就業行動と男女間賃金格差の検証
――事務職に着目して――
第7章 コース別雇用管理制度の変遷と再検証
―― 一般職女性はどのように位置づけられてきたのか――
第8章 ジェンダー平等の職場に向けて
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◆書誌情報
書名 :女性の仕事と日本の職場――均等法以後の「職場の雰囲気」と女性の働き方
著者 :寺村絵里子
頁数 :206頁
刊行日:2022/2/28
出版社:晃洋書房
定価 :4,100円+税
2022.03.03 Thu
カテゴリー:著者・編集者からの紹介