女の本屋

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福岡愛子 『日本人の文革認識』

2014.06.11 Wed

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください. またまた読者にやさしくない本を出してしまいました。

前作『文化大革命の記憶と忘却』(新曜社、2008年)よりも厚く、以前この欄でも紹介した監訳書『「日中国交回復」日記』(勉誠出版、2013年)よりも大型。通勤電車に持ち込むにも、ベッドの中で読むにも、重すぎるぅ~!という苦情が聞こえてきそうです。

でも、十年がかりの研究の成果が自分の手を離れた今、私をとらえて離さなかったものが何だったのか、わかった気がします。
それは一言でいえば、戦争にしろ闘争にしろ、一時代を画し一世代を揺さぶった歴史的事象について、たとえそれが惨憺たる結果に終わったとしても、いや、後から全否定されたりしたらなおのこと、なかったことにはしたくない、ということです。

そのような歴史的認識転換の経験を共有し分析対象とするために、「変節」や「転向」という否定的な語彙に代わる用語系を提起したいと思いました。そこで、1960年代にアメリカのバーガー=ルックマンが『現実の社会的構成』で提起したalternation(オルタネイション=山口節郎の訳語では「翻身」)という概念に注目しました。そしてそれを、過去の認識転換をポジティヴに意味づける主体的概念として再定義しました。「過去のことは水に流すのが大人」みたいな空気に抗って、過去と現在の多様な現実を描き出したかったし、「変わらぬ正しさ」だけでなく「いかに変わり得るか」を問う回路を開きたかったのです。

この本『日本人の文革認識』の登場人物は、文革期の中国と深く関わり、国交正常化前の日中関係にコミットした政治家・ジャーナリスト・研究者・市民活動家や学生などです。彼/彼女らが文革当時に書いたリアル・タイムのテクスト、その後に出した回想記、あるいは私のインタビューに対する記憶の語り、という三種類のテクストを分析対象としました。

今の文脈でふりかえると一番印象深かったのは、ほとんどの人々が中国のことに大きな関心を寄せていたこと、かつて日本が見下し蹂躙してしまった隣国の成り行きを、個人の主体的な実践を通して見守ろうとしていたことです。
その思いの強さと、日本社会における反中・親中、あるいは日共系・反日共系の対立の激しさゆえに、こんどは逆に中国を見上げ過ぎてしまったのですが、そこには当時の日本社会における格差の問題やベトナム戦争への加害性について、他人事とは思わない問題意識がありました。

今、明らかに成熟という名の衰退期に入った日本社会で①、やたら強国復活を夢見る空威張りな言動が横行し、貧困にしろ戦争にしろ、自分の身にも起こり得るという切実さに欠けた不遜な空気が漂うからこそ、どうしても書いておきたかったディテールが、このメタボな本のなかみです。

1月に出版されて以来、いくつかの媒体で書評が出されました。「これまでの「転向」研究を超えた意欲作」(上野千鶴子『熊本日日新聞』)②、「文革をプリズムとして浮かび上がる「翻身の戦後日本思想史」」(米田綱路『北海道新聞』)、「文革という名の鏡に映しだされた像に、戦後日本人の心性を読み取ろうとしたもの」(関智英『週刊読書人』)等々と評されました。反面、〈翻身〉という中国語に思い入れの強い中国研究者からは反発もあり、またAmazonのサイトに寄せられたコメントによると、当時を知る人々にとっては「今さら」感の方が強いこともうかがえます(尤もこの評者のブログでは、同じコメントの最後に「若い世代はまた異なった物語をそこに読みとるのかも知れない 」と書き加えられていましたが)。

認識の形成と変容の比較事例を、「「翻身」の有無と程度 に関わる要因と経過」(403頁)として図式化する試みは、なかなか理解されにくいようです。そんな中とりわけ嬉しかった反応は、あるジャーナリストによる次のような「カミング・アウト」書評でした。「痛みと不快感を伴いつつも……図式化された類型に、自分自身の認識の変化を当てはめてみるのは、自己分析するようなワクワク感を伴う。自分の思考回路が露わになると、ある種の「精神浄化」(カタルシス)が得られることがある。自己分析に成功した時に感じる快感と言ってもよい。文革に関心を抱く多くの読者に、カサブタを剥ぐ快感を味わってほしい」③。

最後にもう一つ、この本がやさしくないのはお値段。年金生活者には高すぎるぅ~! という声も聞こえてきそうです。すみませんが、是非お近くの公立図書館にリクエストして下さい。これまで歴史的に評価されてきた良書でさえ虐待に遭うご時世、しかも中国関係ことごとくが逆風のさなか、あなたの町の図書館は、封印に抗うこんな高額な本を購入する度量(経済力?)をお持ちでしょうか。試してみる良い機会です。ちなみに、私の地元の荒川区立図書館(日暮里)には、いち早く入っていました(私はリクエストも寄贈もしてないですよ)。

本書に関連する記事など

上野千鶴子『上野千鶴子の選憲論』(集英社、2014年):169頁
「歴史の転換を生き抜いて」
「カサブタを剥ぐ痛みを快感に」








カテゴリー:著者・編集者からの紹介

タグ: / 中国 / 文化大革命

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