2011.12.20 Tue
パリからの電話は、いつも突然にかかってくる。パリ7区アンヴァリッド近くに住む、40年来の女友だちからだ。受話器をとって彼女だとわかると、もう仕事は中断、諦めて長い話にじっくりつきあうことになる。
彼女のおしゃべりは止まるところを知らない。パリのおしゃれな古着の流通ルートの話から、移民労働者にヘルパーを頼むフランスの介護と日本の介護保険との違い。最近のEUの債務問題から、サルコジは好きじゃないけど、演説がとびきりうまいとか。はては文学談義で谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』から京都の町名の由来についての質問まで、どんどん話が広がっていく。面白いんだけど、「あのう」と口を差し挟むまもなく、聞くばかりの私は、少々くたびれてしまう。
おまけに彼女はアナログ人間。ネットもケータイも使わない。不便なこと、この上ないが、それで全部、用が足りるというから「なるほどな」とも思う。
彼女と私は高校・大学の同級生。背格好も性格も全く正反対。ボーッとしている私と、おしゃべりでシャキシャキした彼女と。一緒にいると「あの二人、なんで仲がいいのかしら?」と他の友だちは、いつも不思議がっていた。
学生時代、二人でよく旅をした。もちろん国内旅行だ。北は青森から南は鹿児島まで、安切符でリュックを背負い、よく歩いた。下北半島の仏ヶ浦は海の中にポツンと浮かぶ、白い花崗岩の岩しかない島。地元の人が小さなボートで送ってくれ、「1、2時間後に迎えにくるよ」。このまま取り残されたらどうしようと不安になったり、鹿児島最南端の佐多岬まで、バスに乗っているのは私たちだけ。旅のルートや旅行中の世話は、いつも私の役割。それでも女二人の珍道中は楽しかったな。
そうそう、彼女との待ち合わせは、いつも1時間遅れ。ケータイもない時代、駅でボーッと待っていると、「ごめんね」と駆けてくる彼女に、ホッとしたものだった。
大学卒業後、私たちは、それぞれの道へ。すぐ結婚した私。広告代理店に1年ほど勤めた彼女は70年代前半、ロンドンの大学へと旅立った。その後、パリの大学に留学。そのままパリに40年近く暮らしていた、らしい。「らしい」というのは彼女も外国に行ったっきり。私も子育てと介護に追われ、離婚もして住所が変わり、音信が途切れて、どこにどうしているのか、お互い消息不明だったのだ。
ところが30年後のある日、思いがけない1本の電話があった。「ようやくあなたの連絡先がわかったわ」。30年ぶりの彼女の元気な声だった。東京にいる母上のもとに年に一度、帰ってくるという。それからは帰国するたびに京都で会ったり、東京で会ったりして、もう10年近くになる。
そしてまた突然、パリからの電話。「いろいろ事情があって東京に住む母を京都に住まわせたいんだけど、不動産の物件が一つ見つかったので、見に行ってくれない?」。私は慌てて不動産屋さんに連絡、パリに資料をファックスする。とうとう翌日、私が見に行く羽目になった。 「あなたは男を見る目はないけど、不動産を見る目は確かだから」と。まあまあ、なんという、いわれ方かしらと思わず笑ってしまったけれど。
それから1週間後、彼女はパリから京都の私の家へ直行。しばらく自宅に滞在した。 彼女につきあって、あちこち京都の町を歩きまわる。「あなたはほんとによく歩くわね」「だってパリの地下鉄は1駅でも10駅でも同じ運賃なんだもん。歩いた方が得なのよ」。
寺町の骨董品店でベネチアングラスのグリーンのコップが目に止まる。「クリニャンクールのガラクタ市を思い出すわね」と1つ買う。向かいの三月書房で「何か沖縄の本がない?」「岡本太郎の『沖縄文化論 忘れられた日本』がいいよ」1冊買う。古着屋の窓に、さりげなく活けられた花に「やっぱり京都ね」と彼女は感心しきり。 そして気分よく東京の母上のもとへ帰っていった。
「終の住処はやっぱりパリ?」「そんなことわからないわ。何があるか、わからない時代、パリかロンドンかニューヨークか京都になるか、どこでも住む覚悟がなきゃだめよ」。さすが外国で一人暮らしを続けるだけのことはある。 彼女が、もし京都に住むことになったら、これからも、いい距離感を持ちながら、終生の友としてつきあっていきたいなと思う。
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