
被害女性の家の前に置かれた追悼の花々
ハンガリーの首都ブダペストで、1月29日に日本人女性が元夫のアイルランド人男性に殺されました。日本でも大きく取り上げられましたので、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。ここでは、地元に住む日本人フェミニストとして、そしてWANで長らくエッセイ「陽の当たらなかった女性作曲家たち」を連載している者として、ハンガリー人の友人達にお考えを寄せて頂きました。
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週間文春 https://bunshun.jp/articles/-/77149
NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250213/k10014720631000.html
まず、私のフェイスブックに掲載した文章の一部をお送りします。
邦人女性が亡くなった建物にせめて献花とお参りに伺いました。邦人女友達のメッセージや、ハンガリーのお仲間とご一緒のお写真も飾ってあり、他者を気遣う優しいお人柄を感じさせました。その日以来、立ち直れないほど打ちのめされています、どうやって家に辿り着いたか覚えていない。初めて『彼女は私』という感覚を抱きました。つまり、女性はこの世の中で、守ってくれる場所が希薄なこと、最悪はこうなってしまうんだなと、しかも、美しい街並みの、愛してやまないブダペストで、同じ日本人女性がと思うと、何とも言葉にできない気持ちが湧いています。当初のハンガ
リー警察の無慈悲な対応、そして日本大使館のあまりの非協力ぶりを思うと、最悪の結果は起こるべくして起こったと言えるでしょう。彼女の不安や苦しみを想像するといたたまれなく、何か出来なかったかと悔やむ心しか湧かないです。
友人その1 ヘンリエット ・プリメツ Henriett Primecz
ハンガリー人.現在、オーストリア・リンツのヨハネス・ケプラー大学教授。フェミニスト。主な研究対象は、異文化マネージメント、ジェンダーと多様性、組織研究におけるパラダイムの多様性。50以上の学術雑誌記事と20冊以上の著作物の章を書いています。9カ国でコースを受け持ち、日本で3回の学会参加。
石本注:ヘンリエットはかつてハンガリー名門、コルビヌス大学で教鞭を取っていましたが、ハンガリー現政権のジェンダー禁止政策により授業が取り止めとなり、現在はリンツで職を得ました。

オルバン首相
ヘンリエット: この度の日本人女性の殺害には深い哀悼の意を捧げます。もし、ハンガリー政府がイスタンブール条約を批准していたなら、100%とは言えないまでも殺害は起こらなかったかもしれないと思うと、心から残念に思っています。
イスタンブール条約はハンガリー政府によって2014年に署名はなされましたが、批准に至っていません。この条約は、女性に対する暴力と家庭内暴力の防止と撲滅に関する欧州評議会条約とされており、ヨーロッパ45カ国とEU-欧州連合が署名しています。
批准しない理由としては、オルバン政権(1998年〜02年と、2010年から現在の長期に渡る第2次政権)は、家族再生の政策には様々な資金提供を行うも、これは、あくまで生物学的な父親、母親、そして家族内役割としての女性に重きを置いているもので、そこには、一個人としての女性の人権や人生への配慮はありません。ハンガリーでは、いわゆるジェンダーという言葉は忌避されています。
ハンガリー政府は、長い歴史、文化、法律、伝統を重んじる国の価値観を守り抜く権利を有している、西側諸国の価値観を簡単には受け入れられない独自の思想を持っている、と主張しており、その上、LGBTQはハンガリー政府の規定では存在し得ないとみなしており、あくまでも家族の中での女性の立ち位置にだけ触れています。
このため、当初ハンガリー警察は日本人女性からの再度の訴えに耳を貸さなかったことが非難を浴び、異例と言われる報道官による謝罪に追い込まれました。ハンガリー警察の男女警官たちも社会風潮により女性軽視、そこへ現在強化されているアジア人蔑視、ならびに一般的な女性蔑視により、外国人、とりわけ女性の命を重くは受け止めなかった背景があると考えています。
友人その2 エステル・ナジ Eszter Nagy
経済学者、元外交官で、ハンガリー外務省に12年勤務。現在はブダペスト市内2区の区会議員であり、フランス語で外交コミュニケーションの教鞭をとっています。また、汎ヨーロッパ民間組織である欧州連邦主義者連合のハンガリー支部長も務めています。
エステルは石本からの質問に、以下のような回答を寄せてくれました。
問い:ハンガリー警察への一般的な印象をお聞かせください。また、この度の日本人女性殺害に、当初はアイルランド人元夫の言い分を鵜呑みにし、元夫を解放した警察対応への感想をお聞かせください。
回答:まず、警察官の人員が足りていません、給料も決して十分ではないことが根底にあり、なり手が少ないことが問題です。とは言え、ハンガリーはイスタンブール条約の批准国で無いにせよ、また、現政府はこの事件に条約は関係はなかったと明言していますが、それでもこのような家庭内暴力は、警察の理解がなされ、さらなる捜査をするべきだった案件と考えています。加えて、制定されている法律自体が、一連の事件に対応するには充分な要件を満たしていないと考えています。
報道にあるように、被害日本人女性をサポートしていた様々な暴力被害者を守る団体は、政治的な影響を与えられるよう腐心していますが、現実にはその影響力はほんのわずかです。何より現政権が、このような団体へ積極的に耳を貸す姿勢がありません。ただ、わずかとは言え首都ブダペスト市内の野党を擁する3区や8区では、具体的に被害女性に耳を傾ける窓口が存在し対応に当たっており、同時に専門家の育成にも力を入れています。家庭内暴力、また女性被害者への、細部にわたる心を尽くした寄り添いが必須の案件なので、それに沿った警官へのトレーニングプログラムを実行しています。しかしながら、警官の現実認識、プログラムは十分とは言えない内容です。DV被害の女性たちが、はたしてどこまで警察を信頼し実際に窓口を訪ねるかと言えば、まだまだ門戸が開かれているとは言え、最重要課題と考えています。
問い:ハンガリー警察が、当初は元夫の加害を見過ごして市民の大きな批判に晒され、その後一連の捜査ミスを認めて公開の場で謝罪しました。ハンガリーでは異例中の異例の対応と話題になっていますが、また、日本では邦人女性のために尽力をしてくれたと謝意を表す人もいますが、これについてどうお考えですか?
回答:警察の謝罪が注目されたことはよく知っています。国会前での抗議デモにも繋がりました。ただ、これがはたしてどこまでの効力があるか、警察のやる気や真意は計りかねますし、ハンガリー警察のDV被害女性たちへの現況対応を見るにつけ、今は残念ながら、ささやかな希望しか見出すことができません。
問い:ハンガリーでの『フェミニズム』の現状、日々の生活で感じることをお聞かせください。
回答:オルバン首相の率いる現政権では、とりわけフェミニズムは疎外されています。それは他の相手にされていない団体と同様に、後退しています。政治の世界では「ジェンダー」という言葉さえも悪口として扱われており、ジェンダーを扱う大学は次々と授業を禁止にされました。
オルバン首相は、「女性に関する問題は扱わない」と公言し、元法務大臣のユディット・ヴァルガは、在任中、「国内の女性保護に関しては、全て順調であるため改善の必要性は感じない」と答えていましたが、昨年の恩赦スキャンダルで辞任後、公職を退いた後のテレビの公開インタビューでは、法務大臣在任期間中に起こった元夫の家庭内暴力を非難し、元夫への不満を大々的に開示しました。これは在任中の彼女の声明、女性保護は全て順調という言説と明らかに矛盾しています。
ハンガリー政府は、家庭における男性と女性の伝統的な役割を守ろうとしており、女性は台所仕事に従事し、なおかつ子供を産むべき、これが女性の人生の優先事項であるべきと、公然と主張することを憚りません。
政府は、既存の男女の賃金格差や、女性政治家の極端な少なささえ問題視していません。ハンガリー現政権には女性閣僚は1人もおらず、女性国会議員も全体のわずか14%です。家父長制とマッチョイズムは、オルバン首相自身や国会議長の発言など、政府高官の間では当たり前のこととなっています。
野党議員や独立系ジャーナリズムにも、国営メディアは言うに及ばず、女性の数はあまり多くありません。シンクタンクが男性参加者のみのパネルディスカッションをしても、政府側が眉をひそめることなど特に起こらないのです。政府主催の人口統計会議の記念写真は、最前列に女性が1人もおらず、全員男性が座っていて、話題になりました。
結論として、政治指導者の交代がない限り、ハンガリーの真の変化は期待できないと考えています。児童保護の分野でさえ、実際の政治的取り組みというより、あくまでもショーウインドウの飾り物、スローガン、に過ぎないのです。当面の可能性としては、この問題を受け止める市民社会と好戦的な役人たちに頼る必要があり、短期的展望では状況が好転する望みはほとんどないと言えるでしょう。
石本注: エステルには、最初のハンガリー人夫との間に現在大学生の長女がいます。ドイツ人夫との再婚で小学生の次女が生まれ、ブダペストで4人で共に暮らしています。離婚は別居生活を経て、元夫との間で条件の合意があり、親権は彼女が取りました。長女は毎月第2週末に父親と面会をする取り決めが実行されています。元夫婦に細部にわたる合意があったことで、離婚はスムーズに決まりましたが、両者に合意がない場合は裁判所の判断となるため、訴訟は膨大な時間を要するのが現実です。

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