
テルマがゆく
この蒸し暑い、灼熱の日が続くなか、久しぶりに京都シネマへ『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』を見にいったら、もう、気分はスッキリ。
主演女優は現役最高齢のジューン・スキッブ(撮影時93歳、現在96歳)。「オレオレ詐偽」にだまし取られた1万ドルを取り返すために電動スクーターを走らせ、犯人のもとへ。銃を突きつけ、遂に1万ドルを取り戻すまでの痛快なサスペンスドラマ。トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」さながら、スタントマンも一切使わずに。まあ、なんてカッコいい。
監督のジョシュ・マーゴリンの実の祖母の実話をもとに脚本にしたという。最初からジューン・スキッブを主演に、と考えていたとか。その祖母も現在、103歳で健在だそうだ。
テルマのスマホに非通知の電話がかかってきた。孫のダニエル(フレッド・ヘッキンジャー)から「交通事故を起こして刑務所に入れられる。保釈金を郵送してほしい」との知らせだった。パニックになったテルマはダニエルの母で娘のゲイル(パーカー・ポージー)に電話をかけるが、仕事中でつながらない。大好きな孫のために何とかしなければと、急遽、指定された郵便局の私書箱に1万ドルを入れた封筒を投函してしまう。後にそれが「オレオレ詐偽」だとわかる。警察に掛け合ってもラチがあかない。
翌朝の新聞に載っていたトム・クルーズの「ミッションはポッシブル(可能)」という見出しにテルマは一念発起。詐欺師から1万ドルをとり戻そうと決意する。郵便局のトイレに捨ててあった郵送先のメモを見つけたテルマは、高齢者ホームにいる旧友のベン(リチャード・ラウンドトゥリー)を訪れ、彼の電動スクーターを強引に借り出し、二人乗りでロサンゼルスの街を疾走してゆく。途中、少々呆けた女友だちのモナ(バニー・レヴィン)の家に立ち寄り、彼女が隠し持っていた銃をベッドの上の物入れからこっそりと持ち出す。そして骨董品を営む詐欺師の店に立ち入り、銃を構えて遂に1万ドルを取り戻す。店主・ハーヴィー(マルコム・マクダウェル)自らが、「実は店の経営があまりに苦しかったので、やってしまった」と告白するのを聞いて、さりげなく、テルマが500ドルを彼に渡すシーンが、なかなかに、いい。

テルマとベン
テルマ役のジューン・スキッブは1929年生まれ。1990年、ウディ・アレン監督の「アリス」でスクリーンデビューしたのが61歳の時。「テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ」で、キャリア70年にして初の主演映画となる。すごいなあ、「人生100年時代」さながらの人生だ。因みにテルマの旧友ベン役のリチャード・ラウンドトゥリーは、この作品に出演した後、亡くなり、この映画が遺作となった(享年81歳)。
映画のパンフレットによると、ジューン・スキッブは、ある雑誌のインタビューに答えて、「人生にルールなんて存在しない。そして、前に進むだけ。一度、始めたことは、最後までやり抜くのよ」と語っている。また「英語圏では〔年齢はただの数字でしかない〕という言葉を目にするが、スキッブ自身、それを体現している女優である」と、映画ジャーナリストの大森わかこは書いている。
日本にも、そんな女たちがいたよ。1923年生まれ、現在102歳の佐藤愛子さんの小説『九十歳。何がめでたい』をモデルにした同名の映画『九十歳。何がめでたい』に主演した草笛光子さんだ。草笛光子さんは1933年生まれの92歳。この映画を監督した前田哲さんは、「そうか、テルマは草笛さんの上をいったのか。ちょっと悔しい気がしました」「わがままとは、我あるがまま。だから彼女たちは元気でいられるのだ」と語っている(多賀谷浩子・記。同パンフレットより)。
4年前に亡くなった私の母も佐藤愛子さんと同い年。今、生きていれば102歳。母は佐藤愛子さんと同じく、おてんばで破天荒で気ままな人だった。今でも私、「母には、とってもかなわないな」と思っている。あの時代の女たちは、みんな、そうなのかしら。
東西を問わず、女たちは強い。そしてテルマによく似た私の女友だちも、また、そうなのだ。
その彼女から何年ぶりかで電話がかかってきた。いつものように、途切れることのない長い、長い電話が。パリ7区・アンヴァリッド近くに住む彼女。久しぶりに東京へ帰ってきたらしい。今は京都に来ているとか。
夜、お風呂も上がってゆっくりしていたら「お話をしたいから、ちょっと出てきて」と急に呼び出された。会うと、「喫茶店で話すよりベンチの方がいいわ」と、また勝手なことを言う。街中の交差点の大木を丸く囲んだ木のベンチを見つけて、それから3時間。夜遅く、80歳過ぎの老女が2人、座りこんでおしゃべりしているのを通りすがりの人たちが怪訝そうに眺めて通り過ぎてゆく。
東京の不動産高騰の話から世界金融市場へと話が飛ぶ。「あなた、トランプがほんとは何を考えているか知ってる?」と聞かれても、わかんない。さらに世界の植民地主義や人種差別の根源にまで遡り、話が延々と続いてゆく。「ふーん、そうなの。なるほどねぇ」と、ただただ感心して聞くばかりの私。
荒唐無稽な彼女の話を聞いていると、私たちの生活のすべてが、今やグローバルに世界の隅々にまでつながっていることが、とてもよくわかる。その豊富な情報を収集するには、確かなリサーチ力と、それを読み解く語学力が何より必要だ。しかもその情報を、誰よりも一足速く知り得る人が世界で勝ち残っていくのだろうか?
「でも私、そんなこと、あんまり詳しく知らなくてもいいんだけども」と言うと、「あなた、いつでもボーッとしていて、ダメねぇ。そんなことで、この時代、生き残れると思うの? ほんとに大丈夫?」と彼女に言われてケラケラと笑われてしまった。でも、それが、いつもの私なんだけども。
そりゃ、そうだろうな。長年、たった一人でパリに住み、自立して生きていくには、彼女なりの確かな知力と精神力が必須条件だろうな、と思うから。
ただ一つだけ、私に自慢できることがある。十数年前に彼女から教えてもらった玄米ヨーグルトを、今もずっとつくり続けていること。毎朝、玄米と豆乳の天然発酵ヨーグルトをつくっている。家族もみんな、おいしく食べてくれる。母がまだ熊本にいた頃、イレウス(腸閉塞)の疑いで入院した時、京都から熊本へ駆けつけて、このヨーグルトをつくってあげたら、すっきりと治ったことがあった。
まず、発酵原液のつくり方。熊本産の玄米200g、天然水1ℓ、瀬戸内海産の粗塩15g、沖縄産黒砂糖35gを攪拌して数日間、外に置いておくとシュワシュワッと発酵してくる。その原液を取り出し、残った発酵玄米を炊飯器で炊くと、ほんのりと、いい香りがして、とってもおいしいのだ。
次に発酵ヨーグルトのつくり方。原液200g、豆乳1ℓ、粗塩15g、黒砂糖35gを火にかけて溶かし、室温で冷ますとプルンプルンの自家製ヨーグルトのでき上がり。それを大さじ3~4杯、ブルガリアヨーグルトを少々、キウイとバナナとプルーン、蜂蜜、それにクコの実やナツメを入れていただくと、毎日、すっきりと、お腹の調子がいい。もう十数年以上も続けているかな。「このヨーグルト、ずっと置いておいても、ちっとも腐らないんだけど、なんで?」と聞くと、「それはアルカリ性のPHが高いからよ」と彼女からの返事。
もう一つは食用の重曹。動物がこの世に誕生する以前から存在していたのは、真菌だという。真菌(カビ)を防ぐのが重曹だとか。それもモンゴルのシリンゴル高原の鉱石からとれた重曹が添加物もなく、一番いいらしい。歯磨きの後や風邪気味の時の、うがい、胃腸の消化をよくするために時々飲んでもいい。そんな食生活のおかげで、私も娘も孫も98歳になる叔母も元気に過ごせているのは、ほんとにありがたいなと思う。
彼女とのことを、10年ほど前のエッセイに書いたことがある。
女の友情は変わらない(旅は道草・81)
異常気象の暑い日が続く毎日。何とかやり過ごして日々を送っているが、基本はきちんとした生活習慣かな。よく食べ、よく眠り、よく歩くこと。
でも、今の日本の政治情勢や戦禍が絶えない世界の動きには絶望するばかり。いつか近いうちに地球は滅亡するかもしれない。だからこそ一人ひとりが、しっかり声を上げていかなければ、と思う。7月20日は参議院選挙の投票日だ。果たしてその結果は? 今より少しは流れが変わるかな? それとも、もっともっと危うい方向へ向かってしまうのだろうか? わからない。
「人生100年時代」を生きる女たちは、ほんとに強い。「さすがだなあ」と思う。私も、「彼女たちの力を、少しは見習わなくちゃ」と思ってはいるんだけど、はてさて、私の生き方、この先、どうなっていくことやら。ほんとは「あなた任せには、できないこと」なんだけれども。
© 『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』
発行者:大田圭二。発行:東宝数式会社ライツ事業部。編集:株式会社東宝ステラ。デザイン:有限会社ダイアローグ。www.toho.co.jp
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