
風のごとく広がる〈声〉
去る11月10日、国立京都国際会館において京都賞2025の授賞式が行われた。今年の思想・芸術部門の受賞者キャロル・ギリガンの来日に間に合わせるべく刊行されたのが、本書『人間の声で──ジェンダー二元論を超えるケアの倫理』である。主著『もうひとつの声で』の発表から四十余年、それは日本で「ケアの倫理」という言葉が人口に膾炙するようになる時間とも重なるが、その提唱者ギリガンの最新著作が日本で翻訳される年に、京都賞が贈られた意義はたいへん大きいと思っている。
そんな本を世に出す一端を担えたことをこの上なくうれしく思いながら、この本ができあがるまでの舞台裏を少し紹介させてほしい。
『人間の声で』は、『もうひとつの声で』と同じ川本隆史・山辺恵理子・米典子の三氏によって翻訳された。80歳を超えてなお旺盛な研究活動を続けるギリガンが「In A Human Voice」を執筆したことを知り、ぜひ小社で、同じトリオで、翻訳出版をしたいと思い、すぐに翻訳権取得に乗り出したのである。翻訳作業は『もうひとつの声で』の好評という追い風に乗って順調に進み、さらなる追い風としてギリガンの京都賞受賞の報が吹き込んだ。11月10日の授賞式、晩餐会と翌日の記念講演会にギリガンの来日が決まったことで私たちの完成目標は明確に固まり、それに向けて猛チャージをかけることになった。索引の最終チェックを超高速で仕上げてくださった米典子先生はじめ訳者3先生のご尽力により『人間の声で』は無事完成し、受賞記念の晩餐会に出席された川本隆史先生、山辺恵理子先生によって、著者ご本人に見本を直接お渡しすることが実現したのである。
装丁は『もうひとつの声で』でお世話になったデザイナー・木下悠さんにお願いしたが、今回もインパクトのあるデザインで「ジェンダー二元論や家父長制の支配に抵抗する声」を見事に表現してくださった。
そして忘れてはならないのが、風行社の前社長・犬塚満の起こした「もうひとつの風」である。四半世紀をかけて刊行にこぎつけた前書『もうひとつの声で』同様、『人間の声で』の企画・編集にたずさわった犬塚は、病魔に倒れ、初校ゲラを読み終えて8月29日に急逝した。社名の由来である「風行草偃(ふうこうそうえん)」とは、目には見えなくとも良い教え、考え、思想が風のごとく広がっていくという意味だと聞かされていたが、創業者・犬塚が思い描いたように、本書が広く、確実に読者に行きわたることを心から願っている。
書名:人間の声で──ジェンダー二元論を超えるケアの倫理
著者:キャロル・ギリガン
訳者:川本隆史/山辺恵理子/米典子
頁数:278頁
刊行日:2025年11月20日
出版社:風行社
定価:2970円(税込)
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