ガブリエル・ブレアによる『射精責任』(2022=2023)は,「望まない妊娠」の原因は男性の「無責任な射精」にあると論じ,大きな反響を呼んだ。妊娠や避妊をめぐる責任は,これまで女性だけの問題として語られがちであった。しかし,妊娠は男女双方が関わる出来事である以上,男性の身体やその責任についても正面から議論する必要があるのではないか。ブレアの著作は,こうした問いを投げかけ、中絶をめぐる社会的関心を女性身体から男性身体へと移すことに成功した。

本書は,その問題提起を日本社会の文脈で受け止め,射精とその責任をめぐる議論の歴史と現在を多角的に検討した編著である。本書の特徴は2つある。

1つめは,ブレアの議論に先立ち,日本ではすでに1990年代後半から,男性学,フェミニズム,生命倫理などの領域で,男性の避妊責任や生殖責任について活発な議論が積み重ねられてきたことを掘り起こした点にある。日本における「射精責任論」は、海外から輸入された新しい概念ではなく、日本独自の知的蓄積があることを強調した。

もう1つは,「射精責任」という言葉が,単なる避妊責任を意味するだけではないことを示し、その射程の広さを具体的な議論とともに示した点にある。「射精責任」は,男性の身体を起点にしながら,生殖、家族,ジェンダー秩序そのものを考え直すための重要な視角となりうる。寄稿者には関連領域を牽引してきた研究者が名を連ねている。射精をめぐる議論を一冊に集約した本書は、日本におけるこのテーマの現在地を示すと同時に、今後の議論の出発点となることを目指している。

近年,日本でも「男性の生殖」が社会的なテーマとして語られる機会が少しずつ増えてきた。しかし,なお妊娠や出産をめぐる議論では,男性は〈当事者〉として論じられることは決して多くない。本書は,その空白を埋め,男性の生殖における当事者性とその責任について,日本の知的蓄積を踏まえながら考えるための一冊である。

もしかしたら「射精責任」という刺激的な言葉に戸惑いを覚える人もいるかもしれない。しかし,本書は刺激的な言葉とは裏腹に、いたって大真面目に、中絶、妊娠、出産には男女がともにかかわっている事実を、男性の射精を手掛かりに学術的に考えていくものだ。本書が,生殖,家族,そしてジェンダー平等について改めて考える契機となれば幸いである。


■目次
はじめに――赤子を遺棄した女性は加害者なのか
第1章 ガブリエル・ブレア『射精責任』と日本の射精責任論 齋藤圭介
●第1部 日本の射精責任論
第2章 〈孕ませる性〉の自己責任――中絶・避妊から問う男の性倫理 沼崎一郎
第3章 孕ませる性と孕む性――避妊責任の実体化の可能性を探る 宮地尚子
第4章 膣内射精性暴力論の射程――男性学から見たセクシュアリティと倫理 森岡正博
●第2部 男性学・男性性研究からの問題提起――「射精」×「男性」
第5章 男性の「ケアの力」という課題――射精責任論とマスキュリニティ 伊藤公雄
第6章 『射精責任』と精子の行方 赤川学
第7章 男性の射精責任をどう考えるか 森岡正博
第8章 生殖に関する責任の共有に向けた男性支援へ 多賀太
●第3部 フェミニズムからの問題提起――「射精」×「フェミニズム」
第9章 「射精責任」と「女性の自己決定権」 江原由美子
第10章 性的同意と射精責任 菅野摂子
第11章 女性のリプロと男性の射精責任 塚原久美
●第4部 異性愛、自然性交、生殖をめぐる規範の外側からの問題提起
第12章 孕ませられない責任――男性不妊の文脈で「射精責任」を考える 竹家一美
第13章 異性間による射精責任を相対化する――同性間による人工授精とHIVの文脈から 新ヶ江章友
第14章 生殖する身体から避妊や妊娠の責任を考える 中真生
第15章 男性の射精とその責任をめぐって 齋藤圭介
あとがき

◆書誌データ
書名 :『日本の「射精責任」論』
著者 :齋藤圭介編
頁数 :336頁
刊行日:2025/12/9
出版社:太田出版
定価 :3630円(税込)

日本の「射精責任」論

著者:齋藤圭介

太田出版( 2025/12/04 )