7月28日の熊本地震の後、猛暑が続いて現地で被災された方々のことが心配。5年前に98歳で亡くなった母の熊本の家は数年前にやっと片づけたけど、99歳の叔母の家はまだ残っている。西南戦争の熊本城の戦火が二階から見えたという、150年以上前の古い家。10年前の熊本地震の時も、隣のお寺は全壊したのにビクともしなかったけど、今回も心配で、地震のあと、従姉妹に見に行ってもらったら、横揺れが激しかったのにガラスも割れず、棚から軽い籠が落ちていたくらい。断水も停電もなく、井戸水もたっぷり出ているという。まあ、なんて運のいいこと。
「八代の方たちはほんとに大変だろうな」とお察しするばかりで何もできないのが誠に申し訳ないのだけど。
さて、ようやく夏休み。高1の孫娘の吹奏楽コンクールも終わり、やっと休みがとれたので、8月10日~12日、暑い京都を逃れて倉敷まで出かける。叔母はいつものショートステイにお願いして。娘と孫と私と新幹線で岡山まで1時間、在来線で4駅の倉敷までゆく。
倉敷美観地区近くのホテルに荷物を預けて、駅近くの天満屋の「Café Morozoff」で早めの昼食をとり、レンタカーを借りて鷲羽山周辺の山中をクネクネと曲がり、瀬戸内海が見える王子ガ岳ニコニコ岩まで車を飛ばす。カーナビとケータイのGoogle Mapを同期して道順を指示しないといけないので、助手席の私は寝るわけにはいかない。車中のバックグラウンドミュージックは、大好きな藤井風のアルバムをずっと聴きながら。8分の6拍子やシンコペーションのリズムが心地いい。
パーキングエリアに着いて海が見える奇岩まで険しい山道を歩いていく途中、捨てられた猫たちの世話をするおじさんのグループが猫に水と餌をあげていた。丸々と太ったネコちゃんの頭を撫でると、グルグルと喉を鳴らして応えてくれた。奇岩まで汗だくで坂道を登り降りしていくと、ニコニコ岩から、はるか向こうに瀬戸大橋が見え、瀬戸内海の静かな海が広々と空まで広がっていた。

瀬戸内海を望むニコニコ岩

ニコニコ岩への山中の猫
ジーンズストリート
そのあとまた海岸線沿いに車を走らせ、児島のジーンズストリートまでゆく。娘と孫が手作り体験をしている間、近くの「Cafe&Gallery」で東チモール産のコーヒーをいただきながら、古いデザイン関係の本の中から高田賢三の自伝を読む。彼は6年前に亡くなられたけど、文化服装学院で共に学んだ盟友のコシノヒロコさんは今もお元気で、ご活躍されているのが、何よりうれしい。
夕食の時間。インスタであちこちお店を探すが、お盆と重なっているせいか、どこも予約で満席だという。倉敷中央通りの「みそかつ梅の木」にしばらく並んで、ようやくおいしい夕食をいただいた。みそかつは揚げずにオープンで焼くとか。あっさりした味で、お味噌汁と合わせて、とてもおいしい。それに京都に比べて安いお値段だ。
11日は北に向かって鳥取県境の蒜山高原までゆく。朝早くから開いている朝食のお店を探して、本通り商店街の林源十郎商店1Fの「Café gewa」で、テラス席から緑のお庭を眺めて朝食をいただく。孫娘は朝からカレーを食べている。
レンタカーで9時出発。高速に乗らずに地道を県境の大山が見える蒜山高原まで延々と走る。山の中の道はグルグルと曲がりくねり、トンネルを何度も抜けてロマンチックロードを超えて、岡山県真庭市の名水百選「塩釜の冷泉」までゆく。この源泉は年間を通して水温が11℃とか。手に触れるとほんとに冷たい。
そこからさらに「流しそうめん」を昼食に、と思って行ってみたら、車がズラリと並んでいる。諦めてUターンして「ひるぜんジャージーランド」へ向かい、ジャージーカレーをたっぷりと遅い昼食をいただいた。
広々とした敷地に、ひまわりが満開。青い空と黄色いひまわりが、よく映えている。帰りは高速に乗って一路、倉敷市内へ戻る。

塩釜の冷泉

蒜山ジャージーランドのひまわり
まだ日が長い夏。町なかの美観通りを徘徊する。大原美術館は明日の朝一番に行くことにして、倉敷川沿いをぐるりと回る。白壁の蔵屋敷が立ち並ぶ風情のある風景が路地の奥まで続いている。川面に白鳥が一羽、すいすいと泳いでいた。
倉敷紡績所跡の外観を生かした「倉敷アイビースクエア」へ。宿泊施設も含めて複合商業施設が並んでいる。また夜にゆっくり訪ねてみよう思い、ケータイのGoogle Mapの道案内を孫に頼んで、予約していたイタリアンのお店で夕食のあと、夜の美観通りを、もう一度散策して夜景をゆっくりと眺めることができた。

白壁の舘
倉敷川の夕暮れ

アイビースクエア

大原美術館
12日、早めの朝食を「和流Proposta」で、サケ茶漬けとたらこ茶漬けを庭先の湧水を眺めながらいただき、9時開館に合わせて大原美術館へ向かう。もういっぱいの人たちが並んでいる。
大原孫三郎と児島虎次郎によって1930年に設立された、日本で最初の私立西洋美術館。よく知られるエル・グレコの「受胎告知」やクロード・モネの「睡蓮」のほか、ポール・ゴーギャン、ピエール=オーギュスト・ルノワール、パブロ・ピカソ、アンリ・マティスなどの有名な名画が所狭しと並んでいた。
その中の一つにジャコメッティの像があった。ふっと昔の学生時代、1963年だったかな、阪大の教養の授業で聴いた矢内原伊作先生の講義のことを思い出す。哲学の授業だったけど、哲学の話はそっちのけで、何度も語られたのは、ご自身がフランスに留学中、ジャコメッティに頼まれて自らモデルとなった時のことを、よく話されていたことを。その時は「ふーん、そうなんだ」と思ったけど、滅多にない貴重な経験だったのだろうなと、今、振り返ると、そう思う。
あとは旅のお土産を買うだけ。孫は友人たちそれぞれにアイビースクエアでたくさん買い求めて、そして早めに岡山に戻ることにした。どうやら台風が近づいているらしい。でもまだ倉敷は、よく晴れているんだけど。

岡山城
岡山駅について、どうしても食べたかった果物たっぷりのスイーツのお店「Harebare」へ行き、岡山産の桃やフルーツ満載の自然な甘みをたっぷりといただく。とってもおいしかった。
少し降っていた雨も上がったようなので、岡山駅から市電に乗って「城下」で降りて岡山城へ向かった。
漆黒の外観から「烏城」とも呼ばれる岡山城は、2022年の大改修を経て天守閣の黄金の鯱(しゃちほこ)もキラキラと輝いていた。初代城主の宇喜多秀家、二代目の小早川秀秋、五代目の池田光政などを紹介する15分ほどの映像が、とてもわかりやすい。フランスからかな、外国人観光客も大勢やって来ていた。
そして夕刻の新幹線に乗ってアッという間に京都に着く。ああ、疲れたなあ。でも、たっぷりと休暇を楽しむことができた。そして、どこのお店のお食事もとってもおいしかった。車であちこちを走ったけど、毎日、1万5千歩~2万歩近くを歩いたかな。大丈夫、みんな元気でいます。
さてさて、日常が、また戻ってきた。みんな揃って夏休みを元気で楽しめたことに感謝して、これからの日々も大事に生きていこう。
今回は、あまりにも個人的な旅の話になってしまったけど、旅日記の写真をあれこれ添えておきます。
まだまだ、お暑い日々が続くなか、みなさまも、くれぐれもご自愛のほど。









