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大いなる皮肉 『大いなる遺産』 ディケンズ

2013.08.07 Wed

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.エンターテイメント小説に大切なのは気品である。
国際的陰謀に巻き込まれる主人公は、震えて泣いているだけでは話にならず、正義感をもって敢然と立ち向かい、聡明に解決しなければならない。巨額のマネーゲームの際には、単に強欲や幸運に依存してはならず、女神の愛を得るために、家柄や資産や成り行きにものを言わせては、読者の共感は得にくい。

主人公、鍛冶屋の見習い少年ピップは、その点なかなかいくじなしである。ある夜、脱獄囚に脅され、恐怖から逃亡の手助けをする。金持ちの令嬢の美しさに数秒で恋に落ち、釣り合う紳士となるために、棚からぼた餅の遺産相続を快諾する。遺産相続には、ピップという名を使い続けること、財産所有者の名を詮索しないこと、という不思議な条件がついているが、気にも留めず、ロンドンに上京。世話になった鍛冶屋が訪ねてくれば、田舎者の不作法に顔をしかめ、放蕩をしてたちまち借金をこしらえるというにわか紳士ぶりである。
その後、陰の支援者の素性がわかり・・・

この小説で気品を保っているのは、ディケンズの眼差しである。ピップの浅薄さ、素性のわからない財産のために難なく紳士の仲間入りをするという構造は、イギリスの貴顕層に対する皮肉に他ならない。
実際、鍛冶屋や貧しいお手伝いの少女達庶民の高貴さは、怠惰で虚栄に満ちた貴族層と鮮やかな対照を見せる。
ふんだんにちりばめられているイギリス流の皮肉とウィットも、本作を批評精神に富んだ上質のエンターテイメントたらしめている。

霧立ち込める沼地や大都会ロンドンの活写など、舞台設定も見事。プロットの展開の妙や細部描写に引き込まれて、あっという間に読み進んでしまう。
多様な人間像、失望と希望、スリルとペーソスがふんだんに詰め込まれた、未だ色あせぬ良質の大衆小説である。(karuta)








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