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『アンナと過ごした4日間』 松本侑壬子
2009.11.14 Sat
<狂おしい中年男の片思い>
もし、夜中にぐっすり眠っている間に知らない男がベッドわきに侵入して、(暴行はしないが)寝姿をじっと見つめたり、足にペディキュアを施したり、床の掃除をしたりしたら、どうですか? あるいは、あなたの誕生日に枕もとに赤いバラの花束と高価な指輪がそっと置いてあったら? 恐怖、嫌悪感はもちろん幽かな好奇心も生まれるだろうか?この男、いったい何を考えているのか、と。 この映画は、ポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ監督が17年ぶりに発表した強烈極まる愛の映画。中年男の究極の“片思い映画”とも言えようか。絵画的な美しい映像、卓越した表現技術、そして胸にぐいぐい迫る愛の姿、いや、あり得ない愛などない、と受け止めるしかない愛の多面体を描く。
ポーランドの地方都市。人影もない寂れた風景がはっとするほど美しい。風采の上がらぬ中年男レオン(アルトゥル・ステランコ)が歩いてくるが、年若い看護婦アンナ(キンガ・プレイス)の姿を見ると物陰に隠れて彼女を見つめる。
レオンは、祖母を看病しながら病院の火葬場で働いている。妻もなく、友人もいない。アンナの住む宿舎の部屋はレオンの窓からよく見えて、夜になるとレオンはアンナの部屋を双眼鏡で覗き見するのが日課だ。レオンのこのストーカー行為の動機や心理の説明はない。ただ、数年前のある日、レオンが魚釣りに行った日のエピソードが謎は謎のままに描かれる。川上から流れてきた牛の死体、雨宿りに入った廃工場で目撃したアンナの無残な強姦場面、容疑者として受けた取り調べでは身の潔白を説明できなかった。極端に口下手なのだ。
以来、レオンはアンナを遠くから見守らずにはいられなくなる。病院のリストラで職を失い、祖母も亡くなり独りになったレオンは、もうアンナだけが生き甲斐だ。大胆不敵にも、アンナが寝る前に飲むお茶の砂糖に睡眠薬を入れ、熟睡している彼女の部屋に窓から忍び込む。4晩続けて侵入し、息を詰め足音を忍ばせながら好きな人の側に寄り添い、痺れるほどのスリルとサスペンスの恍惚に酔う。最後の夜はついに夜が明けてしまうが、アンナはベッドの下で身をすくめてクモと闘い猫に気兼ねする男の存在など露知らず、下着を着替え慌ただしく出てゆくのだ。夢のような愛の日々は、4日で幕を閉じる。アンナの壊れた鳩時計を直すため、一度自宅に持ち帰り、元に戻そうと部屋に侵入する現場を警察に取り押さえられたのだ。
どんなに一途でも、努力をしても、愛が通じるわけではない。やり方によっては、犯罪になる。犯罪を犯してまでも、伝えたい愛の思い。一度だけ、面会に来たアンナが金網越しにレオンに語った言葉は…。衝撃的なラストシーンとともに、切なさは忘れられない。
実生活では実らない4日間の愛といえば、クリント・イーストウッド監督の大メロドラマ「マディソン郡の橋」(95)も、4日間の永遠の愛の物語だった。愛の4日間は、偶然の一致か何かのジンクスか。特に企みはないが、気になることだ。
(「月刊女性情報」2009年9月号初出)
「月刊女性情報」については、こちらからどうぞ
(よみもの編集局より付記)
映画「アンナと過ごした4日間」 全国順次公開中!
(C)Alfama Films, Skopia Films
公式HP www.anna4.com
京都みなみ会館にて2009年11月14日から公開
他地域での公開予定についてはこちらからどうぞ。
タグ:松本侑壬子 / セクシュアリティ,ポーランド映画