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映画評:『セントアンナの奇跡』  上野千鶴子

2010.04.23 Fri

 戦場の記憶を抱えて生きる黒人兵を描く スパイク・リー監督初の戦争映画

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第二次世界大戦中に星条旗のために闘った黒人兵たち。過酷な戦闘を生き延び、勲章をもらった兵士がおこした奇跡の物語。オバマ大統領就任記念映画かと思った。だが、原作が刊行されたのは2003年。スパイク・リー監督が構想を温めたのはその直後から。記念碑的な大作だ。 祖国では人種差別を経験し、戦場では白人指揮官に援護を拒絶される。レストランやバスにも、白人向けと黒人向けが区別されているように、軍隊の編成も人種別に分かれていた。自分を差別する祖国のために闘わなければならないのか。バッファロー・ソルジャーという命名はそれにしても露骨すぎる。

 舞台は大戦末期のイタリア、トスカーナ地方。敗色濃いドイツ軍との激戦地だった。敗走してとりのこされた4人の黒人兵が村に迷いこむ。この4人のキャラの描き分けがうまい。救い出したイタリア人少年に慕われる善良な大男のトレイン、女好きのお調子者ビショップ、無線兵へクター、スペイン語が話せるプエルトリコ人の彼がイタリア語との通訳もこなす。沈着なリーダー格がスタンプス。村人たちのあいだで、かれらははじめて「黒人」としてではなく「人間」扱いされる。

 セントアンナはドイツ軍による虐殺の地。追い詰められたドイツ兵のつらさもちゃんと描かれている。パルチザンのリーダーを演じたイタリア人俳優が超かっこいい。好みだ。名前はピエルフランチェスコ・ファヴィーノ・・・・、覚えておこう。

 たったひとり生き延びたヘクターは、ニューヨークの郵便局員となって切手を売っている。終戦から約40年、1983年に、彼は窓口を訪れたひとりの客をやにわに撃ち殺す。定年まであと3ヶ月、実直につとめあげた郵便局員に何があったのか。

 物語は彼の戦場の過去へとさかのぼる。殺された男は、忘れようとしても忘れられない裏切り者だった。寡黙で動機を語らない殺人犯、へクターのもとへ、もうひとり、忘れようとしても忘れられないひとから、救いの手が届いた・・・。

 これ以上はルール違反だから書かない。戦争が終わった後、平時へ戻りながら、語るに語れない戦時下の記憶を抱えて生きるひとりひとりがいる・・・ことを痛切に思いおこさせてくれる。それを戦後生まれの黒人監督が描いた。話がうますぎる感がしないでもないが、実話にもとづくと言われれば、なるほど現実は「奇跡」を超えていると得心するほかない。

監督:スパイク・リー
出演:デレク・ルーク、マイケル・イーリー、ラズ・アロンソ、オマー・ベンソン・ミラー、マッテオ・シャボルディ、ヴァレンティナ・チェルヴィ
配給:ショウゲート

(クロワッサンPremium 2009年9月号 初出)








カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:映画 / 上野千鶴子 / うえのちづこ